生活苦から万引きなどの軽犯罪を繰り返し、刑務所を行き来する障害者のことで、いわば刑務所が「福祉施設」の役割を担ってしまっているのだ。元衆議院議員で、現在はジャーナリストでもある山本譲司さんの著書「累犯障害者」(新潮社、2006年)で広く知られるようになった。
06年に法務省が行った調査によると、全国15カ所の刑務所の受刑者2万7000人のうち、410人に知的障害またはその疑いがあることが明らかになった。そのうち、知的障害者に交付される障害者手帳を持っていたのはわずか26人(長崎新聞、11年7月23日)。「福祉」の支援からもれた彼らは、やむを得ず万引きや無銭飲食を重ね、刑務所を出入りする人生から抜け出すことができずにいるというわけだ。
障害があるのに適切な支援を受けられず、「犯罪者」になってしまう障害を持つ人々――。一方で、ホームレス状態になっている障害者も少なくないことが近年の調査でわかってきた。
10年6月19日の朝日新聞には、「都心に暮らすホームレス状態にある人のうち、約3割に知的障害の可能性があり、約4割にアルコール依存症などの精神疾患がある」という調査結果が大きく報じられた(ホームレス支援団体「TENOHASI(てのはし)」による調査)。
また、15年6月には全日本民主医療機関連合会(全日本民医連)の精神医療委員会が、14年11月に行った路上生活者の調査結果を発表。それによると、114人の路上生活者のうち34%に知的障害、42%に統合失調症やアルコール依存症などの精神疾患があることがわかったという。
障害があるのに福祉の支援を受けられず、かといってなかなか仕事も得られず、得られたとしても「仕事ができない」とクビになったりして、路上生活に陥ってしまう人々。どれほど困窮したとしても、彼ら・彼女らが一人で役所に行って自身の状況を説明し、生活保護の申請をすることは困難だろう。
そうして障害者としても生活困窮者としても、セーフティーネットからもれてしまった人たちが今も路上に多くいる。今回は、そんな人たちをサポートする東京・池袋エリアでの取り組みを紹介したい。
話をうかがったのは、国際NGO「世界の医療団」理事として、ホームレス状態にある人を包括的に支援する「東京プロジェクト」を推進している精神科医の森川すいめいさん。10年に先出の調査を行った、NPO法人TENOHASI創設者の一人でもある。
1973年生まれの森川さんは、なんだか「妖精」とか「天使」という言葉が似合うような不思議なオーラを放つ人である。しゃべり方はどこまでも穏やか。色が白く細身だからか、まるで少年のようだ。
そんな森川さんに案内されて、JR池袋駅に近い住宅街にある東京プロジェクトの事務所を訪ねると、スタッフの若い人たちとともに一人の中年男性が笑顔で迎えてくれた。森川さんは「池袋のアイドルです」と紹介する。
アイドル? 一瞬耳を疑ったが、みんなから「田屋じい」と呼ばれる男性は満面の笑顔でニコニコと笑っている。聞けば60代のこの人は、池袋の路上に段ボールハウスを作り、15年間暮らしてきたのだという。が、数年前、その場所がフェンスで封鎖されてしまい、TENOHASIの支援で東京都の知的障害者認定を受けアパートに入居。現在は豊島区要町にある「池袋あさやけベーカリー」で、パン作りにいそしんでいる。
「その店では、ホームレス状態の人に配るパンを、元ホームレスの人が作っているんです」と森川さんはいう。
東京プロジェクトの事務所は一軒家。1階が集会所スペース、2階に上がると一室が訪問看護ステーション「KAZOC(かぞっく)」の事務所になっており、そこでは会議が行われていた。看護師や作業療法士が、TENOHASIの支援で住居を得た元ホームレスの人や精神科病院から退院した人、認知症の人の自宅を訪問するのだという。もともとはボランティアでやっていたが、そうするとみんなが自分の生活を犠牲にしてしまうので、今は医療保険で運営しているそうだ。
玄関から2階に上がるまでの間で、なんだか「池袋のホームレス支援の連携の底力」を存分に体感。この「TENOHASI」「世界の医療団」「KAZOC」、そして知的障害や生きづらさを抱える人々を支える活動を行う「べてぶくろ」という4団体からなるのが東京プロジェクトだ。医療、看護、コミュニティー活動、生活サポートを通して、多角的にホームレス支援をしている。
そんな東京プロジェクトの代表医師でもある森川さんが、ホームレス問題に関心を持ち始めたのは大学生の頃。ちなみに初めてのボランティアは、95年の阪神・淡路大震災の時だったという。
「それまでボランティアとかは、偽善的な感じがして気持ち悪いと思っていたんです。でも鍼灸の大学に在籍していたので、自分にできることとして被災者の方にマッサージをしてあげたらすごく喜んでくれて。あと、その時に『家がない』という問題を初めて感じましたね」と森川さん。
その後、「学校をサボりながら、世界を見てみよう」と旅を始める。訪れたのはアジア、アフリカなど実に40カ国以上。「一人旅だったので、世界の貧困というものをまざまざと見ることができました。そんなことをしているうち『日本にも貧困はある』と知って、新宿や池袋で、野宿(路上生活)の人を対象とした夜回り活動に参加するようになったんです」
夜回り活動とは、ホームレス状態の人などに声かけをし、必要に応じ支援をするというもの。おにぎりなどの食料を配ったり、冬は防寒用に毛布を配って回る支援団体などもある。
そうして森川さんは2003年、ホームレス支援団体「TENOHASI」を立ち上げた。路上での声かけを続ける中で気づいたのは、やはり知的障害の問題だ。
森川さんによると、「日本では、知的障害域とされるIQ(知能指数)70未満の人が、全国民の2.2%いるといわれています。ですが、知的障害を持つ人として支援を受けているのは0.4%に過ぎません」とのこと。なんと、知的障害域とされる人の5分の1以下の人しか支援の対象になっていないというのだ。
森川さんの著書「漂流老人ホームレス社会」(朝日新聞出版、2013年)には、知的障害を抱えるホームレス状態の人が多く登場する。
Aさん(男性)は、両親を早くに亡くし、重い皮膚の病気を抱えていたため親戚にも迷惑がられ、10代の頃から野宿生活を何十年も続けてきた。またBさん(男性)は、子どもの頃は特別支援学級(06年以前は特殊学級と呼んだ)にいたものの、知的障害者として行政から保護されたことはなく、住み込みでパチンコ店の仕事を転々とした末、漢字が読めず失業し、路上生活者となった。彼は失望して、すぐに飛び込み自殺も考えた。しかし勇気がなく、街をさまよう。冬、寒くて寒くてたまたま開いていた倉庫に入り、そこにあった服を拝借してその場で寒さをしのいでいたら、家の人に見つかって逮捕された。結局、2週間を留置場で過ごしたという。
(2)へ続く。