昨年(2019年)の7月21日、重度障害者の国会議員が2人誕生した。れいわ新選組の舩後(ふなご)靖彦氏と木村英子氏だ。そのことは大きなニュースとなり、世界各国でも報道された。特にALSで全身麻痺、人工呼吸器をつけた議員の誕生は世界初ということで、車椅子に乗った舩後氏の姿は世界中の注目を集め、また2人の姿は障害者、難病者たちに希望を与えた。
あれから1年と2日経った20年7月23日、ALSをめぐる衝撃的なニュースが日本列島をざわつかせた。51歳のALSの女性に対する嘱託殺人で、医師2人が逮捕されたのだ。
このニュースを受け、大阪市長の松井一郎氏は、「維新の会国会議員のみなさんへ、非常に難しい問題ですが、尊厳死について真正面から受け止め国会で議論しましょう」とツイート。一方、「死ぬ権利」はすぐに「死ぬ義務」に転じ、医療費削減などを名目に拡大していく可能性があるので危険極まりないという意見もあれば、「安楽死は認めてほしい」という声もあった。
また、逮捕された医師の一人は「高齢者は見るからにゾンビ」などとネットに投稿し、寝たきり高齢者はどこかに棄てるべきなどと主張。それだけでなくペンネームで『扱いに困った高齢者を「枯らす」技術』などの電子書籍を執筆していたことも明らかになった。「全国『精神病』者集団」はこの医師について、「津久井やまゆり園事件の犯人とは比較にならないほどの持論・実践を展開してきた人物です」と公式サイトで批判している(「緊急声明―京都における障害者の嘱託殺人事件について」2020年7月23日)。
女性が死亡したのは昨年11月。奇しくもそれからすぐに世界中で新型コロナウイルス感染が拡大し、治療の優先順位を決める「トリアージ」という言葉は聞きなれないものから日常語へと変化した。ちょうど原発事故の後、「ベクレル」や「シーベルト」という言葉が日常語になったように。
そんなコロナ禍の4月初め、アメリカのアラバマ州では、重度の知的障害者や認知症の人は、人工呼吸器補助の対象になる可能性が低いというガイドラインが出された。その後撤回されたものの、このガイドラインはアラバマ州の緊急事態における命への姿勢を嫌というほど露呈させてしまうものだった。
そもそも、議論すべきはどの命を優先するのかではなく、どうやって呼吸器や病床を増やすかということであるはずだ。資源がこれしかないから一部の命は見捨てるなんて、何のために科学技術などがこれほど発展してきたのか分からない。
さて、なぜこの連載でそんなことを書くのか。それは病や老い、そして介護の問題とジェンダーの間には切っても切れないものたちが多く存在するからである。
ここで思い出すのは、ちょうど50年前、ある母親が子どもを殺した事件だ。重度障害のある子を「こんな姿で生きているよりも死んだ方が幸せなのだ」と、殺害してしまったのだ。この事件には世間への同情が集まり、母親への減刑嘆願運動にも発展した。その時、「母よ、殺すな!」と声を上げたのは、「殺される側」である脳性麻痺の当事者たちだった。勝手に「不幸」だ、「死んだ方がいい」と決めつけて殺すな、と。
しかし、以降も母親による障害、病気をもった「子殺し」は起きている。
例えば04年には、「第一の相模原事件」が起きている。神奈川県相模原市に住むALSの40歳の男性が死亡した事件だ。死因は窒息死。自宅で息子を介護していた母親が呼吸器の電源を切ったのだという。母親は自殺を図ったものの死に切れず、翌年に嘱託殺人罪で懲役3年、執行猶予5年の判決を受けている。
母親は裁判で、「息子に懇願されて」呼吸器の電源を切ったと証言した。が、息子はすでに話すこともできず、文字盤(視線で文字盤を示して会話する)で意思疎通するための目もほとんど動かなくなっていたという。しかし母親は、「今まで育ててくれてありがとう」と言われたなどと主張。精神的に追い詰められる中で、そんな「声」が聞こえたのだろうか。そうして執行猶予判決で自宅に戻った母親は、ある日、自らの首を刺すという方法で自殺を図る。帰宅してその光景を見た父親は、トドメを刺してしまう。
「妻は事件後からうつ病になり、有罪判決のあとも『死にたい』と言うのをなだめてきたが、あまりにも言い続けるので自殺を助けた」
殺人容疑で逮捕された夫は、そう供述したという。
「介護殺人」の加害者になるのは母親だけではない。19年11月には、70歳の夫と93歳の義父、95歳の義母を殺害したとして71歳の妻が逮捕されている。夫は脳梗塞の後遺症で足が不自由で、義父は要支援2、義母は要介護1と認定されていた。「村一番の嫁」と家族が自慢していたそうだが、近しい人には「介護がしんどい」と打ち明けていたという。
この世帯が介護サービスを使っていたかは不明だが、使っていたとしても3人の介護を一人で引き受けるのはあまりにも無理がある。
ちなみに、「第一の相模原事件」でも母親はヘルパー を入れず、家族で介護していた。このような「家族介護」の危険性を、多くの人が訴えてきた。
ALSの母親の介護経験のある川口有美子さんもその一人だ。彼女は私の著書『14歳からわかる生命倫理』(2014年、河出書房新社)の中でこの事件に触れ、以下のように言っている。
〈ALSでは、他にも一家心中事件などが起きているんですが、どのケースも家族が社会から隔絶していた。家族は閉ざされていたんです。だから、介護は家族だけでやっちゃ駄目なんです。もっと人を入れて、このケースだったら息子さんと母親をきっぱり引き離すことが重要でした。家族だけで解決しろ、介護やれってなると、絶対に家族の中で殺し合いになる。今は障害者施策で、公費で1日24時間ヘルパーが使える地域もあるのです。日本の障害者の介護には公費が使えるのですから目いっぱい、人を入れた方がいい〉
川口さん自身も母親の介護を始めて8年目、自ら介護派遣会社を立ち上げた。そこからはヘルパーを育てて派遣する方に回り、母親の介護も完全に他人介護にシフト。最初は母親を含め4人のALS患者を6~10人のヘルパーで回していたが、ヘルパー養成機関が必要となり、研修事業を行うNPO法人「さくら会」を立ち上げ、理事となる。
〈そこでは一般の人をどんどんヘルパーとして養成して障害者の制度を利用して有償で働いてもらっています。それが、仕事のない人に仕事を提供することにもつながっています。尊厳死なんて選ばなくても、こうしてやっていけるんです。病気や障害や高齢で困っている人を、生活には困っているけど元気な人が介助する。こうして困っている人の中でお金が循環していくのです。