そういうところにこそ、国は資源を投入していけばいいのに〉
素晴らしい実践である。が、川口さんはもっとすごい「実践」を教えてくれた。なんとALS患者の中には、自らがヘルパー派遣会社を立ち上げ、社長として経営している人が何人もいるのだという。
ALSは知能には一切影響がない。寝たきりで、呼吸器をつけていても、指先やわずかに動く部分でパソコンを操作し仕事をしているのだ。そんなふうに経営者として活躍するALS患者たちは「社長モデル」と呼ばれ、世界的にも注目を集めている。そういえば、舩後議員も国会議員になる前は福祉企業の副社長をしていたのだ。
病気や障害が重ければ重いほど、家族に生殺与奪のすべてを委ねることになる。もちろん、愛情をもって家族を介護している人が多くいることも知っている。しかし、一方で私たちは「介護殺人」「介護心中」という悲劇が多く起きていることも知っている。
密室の家族介護ではなく、介護を家族以外に開いていくこと。いずれは全身麻痺となるほどの難病だからこそ、ALSの当事者や支援者たちは「社長モデル」を作り、また、地域で一人暮らしができる道を作ってきた。全身麻痺で呼吸器を装着しているのに、一人暮らしをしている難病者は多くいるのである。24時間介護が必要な身になっても、「家族の負担になるのでは」と心苦しい思いをすることなく、介護サービスを受けながら暮らしていく。それは家族に頼らざるを得なかった時代と比較すれば、夢のようなことだろう。
また、現在では、寝たきりであっても様々なテクノロジーを使って社会参加している人も多くいる。
例えば舩後議員は、「OriHime」という遠隔操作できる分身ロボットを仕事やコミュニケーションに使っている。全身麻痺でも視線でパソコン操作ができるので、自宅のベッドの上から分身ロボットを操れるのだ。そんな「OriHime」は、20年7~8月、モスバーガー大崎店で店舗スタッフとして実験導入されている。店舗からはほど遠い自宅にいる障害者らが、分身ロボットのパイロットとしてレジスタッフをするのだ(オリィ研究所HP )。
現在、コロナによってテレワーク化が進んだ職場も多いが、遠隔操作の分身ロボットで働くという障害者、難病者の働き方は、まさに「コロナ時代」を先取りしていたと言えるだろう。
さて、ここで京都の女性の話に戻ろう。報道によると、彼女も一人暮らしで24時間ヘルパーに支えられて生活していた。一報を聞いた時は、家族も介護に追い詰められた果ての自殺願望なのかと思ったのだが、家族に遠慮しなくていい環境を手に入れていたのである。しかし、病の進行は彼女を追い詰めていたようだ。また、彼女は人工呼吸器を装着していなかった。
彼女の病状がどれほどのものだったのかは分からないが、筋肉が衰えていくALSでは、ある時期、呼吸器をつけるかどうかの選択を迫られる。自発呼吸も難しくなるからだ。それは呼吸器をつけて生きるか、あるいは死ぬかという究極の選択なのだが、結果的に3割が呼吸器をつけることを選択し、7割がつけずに死ぬ。その際、男性と比較して女性の方がつけないという選択をすることが多いと聞く。
その背景にあるのは、「家族に迷惑をかけたくない」という思いだという。もちろん、男性の中にもそのような理由から呼吸器をつけない選択をする人もいるが、「家族の介護などのケア労働は主に女が担うもの」という価値観は、その割合に色濃く反映されている気がして仕方ない。
しかし、一人暮らしをし、24時間ヘルパーに支えられるという環境を整えていた彼女は、少なくとも家族に気兼ねする必要はなかったのだ。もちろん、病気の残酷さはよく分かる。こんな状態になってまで生きていたくないという気持ちになるのも分かる。しかし、「それなら死なせてあげましょう」と尊厳死法制化の議論が進むことにはあまりにも違和感がある。「死ねないのがかわいそう」より前に、「生きる希望が見出せない状態をどう支援できるか」という問題ではないのか。最近は「欲望形成支援」という言葉もよく耳にする。
「あなたという人間が必要である」
もし、京都の女性が多くの人からそんな言葉をかけられていたら、それでも死に引き寄せられただろうか?
それだけではない。
「いつかみんな、特効薬が開発されて治る日を夢見てるんですよ」
支援者にそう聞いた時、深く納得した。「過酷」に見える中でも生きられるのは、そんな希望があるからなのだろう。もし、自分が難病に冒されたら、もっとも望むのはそのことだと思う。そしてたまに、「ALSにこの物質が効くかもしれない」などのニュースが流れると、私の知る当事者は必ずそんなニュースをリツイートしている。
病によって生きることに絶望し、命を絶った翌日、特効薬が開発されたりしたら死んでも死に切れない。新薬開発を含め、死なせる方法より、生きる方法を、もっともっと模索すべきだと、今、切実に思うのだ。
次回は9月2日(水)の予定です。