まずカントは、崇高体験について、経験的な感性によっては捉えられない「理性理念」を、しかし、経験的なものと取り違えて表象してしまったところに——たとえば怒濤逆巻く大洋として表象してしまったところに——出現するものだと言います。つまり、一見、崇高に見える自然物は、自分のなかにある「理念」を呼び起こす「機縁」なのであって、そもそも本来の崇高とは、内なる「理性」(超越論的主観)によって作り出された「理念」のことだと言うのです。「理性」が生み出した超感性的な「理念」——経験を超え出た「神」や「霊魂」や「宇宙」の概念——、それが、崇高感を呼び起こすものの正体なのだと言うのです。
ここまで言えば、バークの崇高論にはあって、カントの崇高論にないものが何なのかについては察しがつくでしょう。それこそは、〈崇高とは、大いなる他者体験である〉という主題にほかなりません。
両者ともに、崇高を〈表象不可能なもの〉として捉えるところまでは共通しながら、しかし、バークは、その存在を自分の「外」にある〈意識を超えたもの=大いなる他者〉に見出しているのに対して、カントは、自分の「内」にある〈理性が作り出した理念=個人を導く理想〉に見出すのです。この「外」から「内」への視点移動、これが後に、自己を超えるものとしての「伝統」(外)を説くことになるバークと、その反対に、「個人の自律」(内)を説くことになるカントの本質的な違いを形作っていくことになります。
そして、それはそのまま、フランス革命の際に示された、プライス博士と、バークとの違いに重なってくることになります。
「人間界における全般的改善がはじまりつつある。国王の支配は法律の支配に変化したし、また僧侶の支配は理性と良心との支配に道をゆずりつつある」(『祖国愛について』前掲)と語るプライス博士の目が、あくまで、世界を作り出す人間の「内なる理性」に注がれていたのだとすれば、バークの眼差しが向かっていたのは、つねに自己の外にある「内省を超えるもの」、すなわち「自然」だったのです。バークは言います、「自然というお手本にならって機能する憲法の基本政策によって、わたしたちは自分の政府と特権とを受けとり、維持し、伝承していきます」、「自然の手法を国家の行動のうちに維持することで、改善をおこないながらもそこに新奇さだけが満ちるということは決してなく、また維持することが退化するだけに終わってしまうこともありません」(『フランス革命についての省察』 二木麻里訳 光文社古典新訳文庫)と。
自己意識に内在する「理性」に従うのか、それとも自己意識に外在する「自然」に従うのか……。その違いが、その後、革新と保守との差をかたちづくっていくことになります。
Ⅲ 近代的自己と啓蒙合理主義——カント、ロベスピエール、ルソー
ところで、ドイツの詩人ハイネ(1797~1856年)は、『ドイツ古典哲学の本質』のなかで、革命家=ロベスピエールと同等かそれ以上の「破壊」をもたらした者として、イマヌエル・カントの名を引きながら、次のように書いていました。
思想界の大破壊者であるイマヌエル・カントは、テロリズムではマキシミリアン・ロベスピエールにはるかにまさっていたが、いろんな点で似ているところがあった。だから、このふたりの人物をくらべて見なければなるまい。まず第一にこのふたりには、容赦しない、するどい、雅趣のない、くそまじめな正直さがある。第二にこのふたりには、うたがいぶかい心がそなわっている。カントはそのうたがいぶかい心を『批判』と名づけて、思想にたいして発揮したし、ロベスピエールはその心を『共和国の徳』と名づけて、人間にたいして用いたのであった。第三にまたこのふたりには、ひとしく小商人根性が最高度にあらわれている。このふたりは元来、コーヒーや砂糖をはかり売りするように生れついていた。ところが、ふしぎなめぐりあわせで、ほかの物をはからねばならなくなった。ロベスピエールのはかりの皿には国王が、カントのはかりの皿には神がのせられたのである……(『ドイツ古典哲学の本質』伊東勉訳 岩波文庫)
フランス革命の直前に、『純粋理性批判』(初版1781年/第2版1787年)と、『実践理性批判』(1788年)を刊行していたカントは、そのなかで、経験(現象)を超えたものとしての「神」が、実は、私たちの「理性」が生み出したものであることを、その体系化した認識論のなかに示していました。しかし、だとすれば、それは読みようによっては、人間の「理性」は「神」よりも大きいのだという結論を導きかねません。実際、カントの影響下に始まったドイツ観念論(フィヒテ、シェリング、ヘーゲル)や、ドイツ・ロマン派(F・シュレーゲル、ノヴァーリス)の営みは、神のごときに人間の「絶対的自我」(フィヒテ)や「絶対知」(ヘーゲル)を追究する運動として現れてくることになります。
が、ここに近代的「自己」の、あるいは近代的「理性」のアイロニーがありました。