我々の先祖はその頃、オスマン帝国に対して自治権を求めていて、1878年にプリズレンで会議を開いた。そこでアルバニア民族独立を要求するプリズレン同盟が結ばれ、やがて1912年に現在のアルバニアとして独立した。端緒となるこの会議が開かれたのが6月10日なので、それを記念しての式典だ。昨年は140周年を記念してコソボ政府が主催したが、今年はプリズレン市が主催した」
そうか、6月10日にはそういう意味があったのか。それにしても、その地においてアルバニア民族が国をまたいで集結するということは、やはり大アルバニア主義に向けての歴然たる意思表示ではないのか。
この問いにカンベーリは歴史復古を根拠に回答する。「私から言えば、それは大アルバニア主義ではない。1913年にわが民族はマケドニア、コソボ、セルビア、モンテネグロ、アルバニアという5つの国に分割された。それを再度、集めようという極めて自然な統合だ」
しかし、それを言うなら、いったい歴史をどこの段階で区切って国境線を引くのかという議論になる。かつてこのバルカン半島には、巨大な領土を誇ったオスマントルコもブルガリア帝国も存在したのだから。
市長自身のブヤノバツ市についての考えは? と問うた。「私の考えは国際法の基本原則と同じだ。コソボにおけるセルビア人と同じ権利を求めている。しかし、もしも国際社会が北ミトロビッツァをセルビアとして認めるようなことが起こるならば、我々アルバニア民族にも、プレシェボ、メドベジャ、ブヤノバツの3都市をコソボ領土に編入するよう求める権利があるはずだ。ベオグラードにもプリシュティナにもそう主張をし続けている」領土交換の発想である。しかし、国際社会が国境線の変更にはさすがに反対している。それについてはどう思うのか。
「そんなことは織り込み済みだ。国境が変えられる前例が出来れば、わがアルバニア民族がその領土に多く暮らすセルビア、マケドニア両国も気にするだろう。いや、周辺諸国のみならず、民族の人口増加が民族自決に繋がれば、他の地域、(ジョージア内で独立した)アブハジアにも影響することも分かっている。
私が言いたいのは、一部の民族だけに特権を与えることは許せないということだ。私たちアルバニア系住民は今、セルビア人から潜在的テロリストとみなされ、日常的に脅威を感じている。せめてセルビアのイミグレ(入管)と裁判官に、アルバニア人を登用して欲しい。
そして、もう一つ、アルバニア文化の存続も保証してほしい。ブヤノバツでは、アルバニア人の民族教育が法律上は認められているが、教科書をコソボから購入したり、新しく作ったりすることはできない。だから1990年代以前、つまりはアルバニア系住民に自治権があったユーゴスラビア時代の教科書を使用している。これでは子どもたちのためにならない。つまるところ、北ミトロビッツァとブヤノバツ、それぞれに自治権を与えてくれればいいのだ。そうすることで、コソボに住むセルビア人と、セルビアに住むアルバニア人の安全と文化が守られる」
カンベーリの発言の根底には、もちろん明らかなアルバニア・ナショナリズムがあるが、同時に国境周辺の地域首長としての責務が感じられた。第一に求めるのは自治権で、自治が認められないのであれば、隣国コソボに属することでアルバニア人の権利を確保しようという。しかし、国際社会はそれを「大アルバニア主義」と呼んで非難する。ならば歴史の中に正当性を求めよう。カンベーリにとっては、それがアルバニア民族独立をもたらしたプリズレン同盟なのだ。
しかしながら、それ以前に肝心のコソボの国際的な地位が確固としてはいない。現在のヨーロッパにはコソボを国家として認めていない主要な国が5つもある。スペイン、スロバキア、ルーマニア、キプロス、ギリシャだ。
「まずは、これらの国に国家承認させることが何より先決だ」
セルビア内の首長でありながら、カンタベーリは、我がことのように憂いている。
空爆は「アルバニア民族を救った」
ここで、アルバニア人の政治家にとってタブーとも言える2つの質問をぶつけることにした。まずは、コソボ政府高官とアルバニア本国が関与したという報告書が出ている、臓器密売犯罪「黄色い家」事件について(連載第5回参照)。次にセルビアに対するヘイト・デマに扇動されたアルバニア人民衆によって、コソボ内の文化・宗教施設が破壊され、8人のセルビア人が殺害された2004年の「3月暴動」について。同じアルバニア民族が行ったことであっても罪は罪である。果たして法治国家の政治家として、相対化した発言がなされるかどうか。
「『黄色い家』については、その罪が証明されていないというのが、私の見解だ。組織犯罪報告書は確かにあるが、関与したと言われるハラディナイ(取材当時のコソボ首相。2019年7月辞任)もICTY(旧ユーゴスラビア国際戦争犯罪法廷)に訴追されながら、無罪になったのではないか。もちろん捜査は継続すべきだと思うが……」
ICTYの公正性については、長有紀枝(立教大学教授)などの論文でも疑義が指摘されているが、あくまでも司法の判断を尊重すべきではないかという。
「3月暴動については、私もなぜあんなことが起こってしまったのか、知りたいところだ。たくさんの民衆が焼き討ちをしたり、他民族の殺害を行った事実については追及しなければいけない」
コソボにおける民族共存を実現するためには、この事件の検証は不可避であると思うのだが、どこか他人事のように感じられた。
私は最後に、明日プリシュティナで行われる式典の意味は? と問うた。NATOによる空爆を20年経って祝う意味である。即答された。
「国際社会の代表のひとつがNATOだ。その機関が我々を認め、私たちアルバニア人を絶滅から救ってくれた。それに感謝するための大きな式典だ。我々はアメリカに借りがある。そしてアメリカを愛している。
大アルバニア
本来のアルバニアとは、現在の領土にとどまらず、コソボ、ギリシャやマケドニアの一部も含むものであるという、アルバニア民族主義者による主張。
「本国」
コソボのアルバニア系住民によるアルバニアの呼称。
北ミトロビッツァ
コソボ北部、セルビアとの国境近くの都市。セルビア系住民が多数を占める。