サラエボとガザの意外な相似
2023年11月。ボスニア・ヘルツェゴビナ(ボスニア)の首都サラエボで出会ったサラは23歳。イスラエル軍によるガザへの攻撃が激化すると、大学に籍を置きながら、パレスチナを支援する集会、物資を現地に送る人道支援のためのバザールなど、多くの活動を積極的に行ってきた。
「それだけではありません。ネット空間の情報戦でもやれることをやっています。今、ガザで何が起きているのか。フェイクニュースに貶められないように、私はソーシャルメディアを使用して多くの人に現在の状況を知らせています」
ボスニア人である彼女は敢えて主語を大きくして、念を押すようにこう語った。
「ボスニア・ヘルツェゴビナの人々はパレスチナを支持しています。知っていますか? ボスニア全体がイスラエル関連の製品をボイコットしているのです。特にサラエボ市民はこの戦争犯罪に非常に憤慨しています。この町はパレスチナへのあらゆる支援を決意しているのです。心の広い都市として誇りに思います」
実際、サラエボを歩くと町のあらゆる場所で「フリー・パレスチナ(パレスチナに自由を)」のポスターを目にする。旧市街の土産物屋で、店頭に林立するパレスチナ国旗についてこれはいくらなのか?と店員に聞いたら、「何を言っているんですか! それは売り物ではありません。いつもパレスチナとともにあるという私たちの心の表れなのです」と叱られてしまった。
サラはその理由をこんなふうに解説した。
「私たちの国は、かつて似たような状況を経験しました。だからこそ、共感に満ちているのです。ここの市民がガザに心を寄せるのは、世界から孤立させられ、圧倒的な武力に蹂躙されるとき、どんな戦争犯罪がその内部で行われるかを知っているからです」
ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争のさなか、1992年から4年近く続いたサラエボ包囲戦のことを語っている。もちろんサラが生まれる前の惨禍だ。しかし、ボスニア独立を阻止しようとするユーゴスラビア人民軍とスルプスカ共和国軍(セルビア人勢力)によって水、ガス、電気のライフラインを分断され、食料も底をつく中、銃撃や空爆によって約1万2000人が命を奪われた。この戦争は、琉球の民にとって沖縄戦がそうであるように、忘れることのできない記憶として連綿と次世代に語り継がれている。包囲された側にも自衛のための部隊も存在はしたが、包囲した巨大な敵と比べるとそれはまるで「蟻と象」であったと、その絶望的な兵力の差を揶揄された。だから、今のガザと相似形なのだとサラは言う。
筆者は、「サラエボ市民のスポークスマン」を自任する彼女としばし対話をする。イスラエルの民間人に対してテロ行為をはたらいたり、子どもや老人たちを誘拐したりする、ハマスについてはどう思うのか?
「誘拐には心が痛みます。しかし、私はハマスがテロリストであるとは言いたくありません。いえ、むしろ彼らをテロリストと切って捨てる言い方をする人を私は非難します。 彼らがなぜ、生まれたのか。彼らはガザを救うため、そしてすべての罪のない人々を救うためにやむなく力を尽くしています」
では、この戦争はどうなっていくと思うのか。
「すぐに終わるとは思いません。けれど、パレスチナとそれを支援する人々は決して屈しないと固く信じています。 この戦争は、(イスラエルがガザを空爆した)2023年10月7日から始まったわけではなく、75年前からの深い歴史があることを全世界が知るように願っています。 ガザはいつか立ち直り、奪われたすべての美しさを築き、取り戻します。パレスチナは再び自由の国になるでしょう」
サラはイギリス政府の二枚舌外交によってもたらされた1948年のイスラエル建国とそれ以来の紛争の歴史を語り、盛んにこれは情報戦でもあるのだと強調する。私が日本から来たと告げると、こう返された。
「あなたの国はとても影響力のある国です。世界がその声に耳を傾けている。 虚偽の拡散を許してはならず、パレスチナがテロ国家であるかのように見せかけられることを許してはなりません」
サラエボにはパレスチナ人のコミュニティが存在する。地中海東部を追われ、移民、難民となり、このバルカン半島にたどり着いた者たちの結束は固い。サラに紹介されてアプローチしたパレスチナ系移民3世の若者がこんなことを言った。
「パレスチナは面積は大きくないが、大きな心を持った人々が住む、豊かな国です。 パレスチナ人は何があっても常に笑顔であらゆる来客を歓迎します。 私は今、ボスニアという国に住んでいますが、パレスチナは私の土地、私のアイデンティティが生まれた土地とも言えるのです」
ディアスポラ(離散民族)となりながら、ルーツに対する愛着を強調する。
サラエボはもともとがムスリムが多数派の町ではあるが、完全に親パレスチナ一色に染まっている。パレスチナの平和と人権を求める集会やデモが、市庁舎前、ARIAショッピングセンター広場と場所を変えながら定期的に行われている。
「本国」
コソボのアルバニア系住民によるアルバニアの呼称。
「大アルバニア図」
アルバニア民族主義者が、「大アルバニア主義」(本来のアルバニアは、現在の領土にとどまらず、コソボ、ギリシャやマケドニアの一部も含むものであるという主張)に基づき好んで使用する、アルバニア、コソボ、ギリシャ、マケドニアの一部等の土地をひとつにまとめた図のこと。