中嶋 マスクについてはわれわれの中で議論になっていて、配っても結局扱いが悪かったら意味がないのではないかと。マスク自体がロヒンギャの人たちにとってはほぼ初めて見るものなのです。汚れた手で触ったり、洗濯せずに使い続けたりすれば、結局感染することは変わらないわけです。マスク自体の予防効果については、国際社会でも議論が続いています。ボランティアには配布していますが、廃棄物になりますし、結局それで感染してしまっては本末転倒です。その後、若者層の無症状感染も鑑み、WHOを始めとした支援者が合議して十分な啓発の下に配布はしようという動きになり、私達も配ろうと考えています。ただ、何よりも手洗いが重要なため、石けんや消毒液の類はどうしても必要なので、これらも供給する予定です。
――子どもたちの問題はどうでしょうか。バングラデシュにいるロヒンギャ難民の半分にあたる約50万人が未成年です。コロナ禍において彼ら彼女らの置かれている環境は。
中嶋 バングラデシュ政府はキャンプ内に学校を設置することを認めておらず、いわゆるラーニングスペースだけが設置されています。長く国内に居座られることを恐れた政府によって、ロヒンギャに高度教育を受けさせてはならないということになっているんです。コロナが始まった3月下旬あたりから、ラーニングスペースでの教育はすべて止まってしまっています。オンライン授業などできるはずもない。ただでさえ、学びにおける空白の世代となってしまうことが心配されているのに、すごく深刻です。学ぶことが唯一、子どもたちにとっての安らぎであったのに、それができなくなってしまっています。
ロヒンギャの女性が置かれた困難な状況
かねてより、チッタゴン(バングラデシュ南部の都市)から足しげくコックスバザール近郊のキャンプに通い、性被害にあったロヒンギャの女性たちに対する調査とメンタルケアを続けているラツィアという女性弁護士がいる。国連NGOなどが把握している性被害者の数はクトゥパロンキャンプだけで約4000人に上るという。体調を壊し、診療を受ける際でさえ一人での通院が許されず、表に出て来られないというロヒンギャの女性たちからの信頼が厚いラツィアによれば、コロナ禍で性被害者たちの置かれた状況がますます厳しいものになっているという。
「得体の知れないウイルスによって外に出られなくなり、それで溜まったストレスから、凄まじい家庭内暴力(DV)が起こっているのです。これまではNGOが男性にも女性にも仕事を配分していたので、否応なしに外に出かけることになり、顔を合わせる時間も少なかったのですが、仕事がなくなり四六時中シェルターで一緒にいることで、男性のうっぷんが弱い立場の女性に向かって爆発してしまっています。しかし、インターネットができないことで、外界から遮断されてしまっているために彼女たちはSOSさえ発信できません。ただでさえ女性が相談できる相手がいないのにコロナ禍です。どこに行けば助けてもらえるのかという啓発も止まっています。今は心についてカウンセリングをしてくれる場所や専門家がほしい。このままでは殺人事件が起きてしまうのではないかと心配しています」
コロナ以前から、診療に来る女性たちが、ときにアザだらけであったことを幾人かの医療従事者も証言している。彼女たちは自分の判断、自分の意思では受診することができず、夫や父親の許可を得て来ているという。女性たちの中には原因がわからない慢性的な疲労や痛みを訴える人が多く、背景にはやはり多産による影響もあると言われている。前回で語ってくれたMDMの木田晶子氏によれば、「女性に対する家庭内暴力、DVは日常茶飯事で、本当に医療につながるべき人たちはなかなか医療につながれない。家族に反対されていたり、深刻な暴力を受けていてもスティグマを抱えてしまって受診できない人も多いのです」
そういう人たちを個別訪問で見つけて、なんとかして医療につなげようというのが、MDMの最初のプロジェクトであった。また、出産についても自宅出産が主流で、支援団体がキャンプでの施設分娩を始めたが、最初は施設に来る妊婦の方は全体の20〜30%でしかなかったという。
ラツィアは喫緊で取り組むべき問題として法の整備を挙げた。
「まずDVを取り締まる法律がありません。キャンプ内を司る行政機関(CIC)は、バングラデシュ国内行政とは管轄が違うので、必ずしも法律が同じではないのです。いわゆる『名誉殺人』、男性が一族の女性に対し殺人を犯しても処罰はゆるいことがあります。私は弁護士として、法律が制定できないか模索しています」ラツィアは法制化について働きかけると同時に、キャンプの中で女性のコミュニティを作ろうとしているという。
日本政府とミャンマーの関係
ロヒンギャ難民キャンプは、コロナによってこれまで以上の危機にさらされている。しかし、日本政府は世界で最も迫害されている民族と呼称されるロヒンギャに対し、冷淡すぎる姿勢を崩さない。
ここで明らかにしておきたいのだが、ロヒンギャを迫害するミャンマー政府と、それを黙認する日本政府の間には、強固な利権関係が存在する。466億円をかけたアベノマスクの受注最高額(54億8000万円)で一躍有名になった医療品メーカー「興和」の工場はミャンマーにある。「日本ミャンマー協会」の最高顧問は麻生太郎副総理であり、このコロナ危機で国難までもマスク受注という利権に結びつけていることが浮き彫りになった格好だ。
ロヒンギャの人々が今、パンデミックによる大きな犠牲者になろうとしているのは、そもそもが、バングラデシュの難民キャンプに追われたことが原因である。追い出したのは誰か、という問いは常に投げかけなければならない。