「教科書とは、その時代その時点での真実を子供たちに教えるべきものである。そこに、政治の入り込む余地は本来ない。そのことをはっきりと教えてくれる映画である」
『教育と愛国』はヒットを続け、斉加は、舞台挨拶で各地を訪れるたびに、観客に熱く迎えられた。一方で、時に斉加を困惑させる質問があった。それは「次回作は何を撮ろうと考えていますか?」というものだった。
映画監督になることは、斉加の目的ではなかった。映画化を決意したのは、テレビ版『教育と愛国』(『映像’17 教育と愛国~教科書でいま何が起きているのか』、2017年放送、ギャラクシー大賞受賞作品)を観た配給会社や映画製作関係者、何より、視聴者による強いすすめがあったからだ。そこに、国会議員による日本学術振興会科学研究費への介入(2018年)や、日本学術会議の会員候補6人の任命を菅義偉首相(当時)が拒否する問題(2020年)が起きた。
「私自身も橋下氏とのバトルがあった後にバッシングされて、気持ちが沈むことがありました。でも、女子高校生が(私学助成予算の大幅な削減を打ち出した)橋下知事(当時)に対して、厳しい家庭環境について勇気をもって訴えても、叩かれる。さらには、日本学術会議の任命拒否の問題が起きた。ここまできたら、プロの取材者は当事者よりも前に出て『おかしい』と言い続けないといけないと思ったんです」(斉加)
やむにやまれぬ思いで本作をつくったが、次回作どころか、当時、自分がこのままMBSにいても良いのかという葛藤の中にいた。
視聴率狙いのキャスティング
斉加は、「自分を育てたMBSの報道の精神が、もうここにはなくなったのではないか」と感じていた。直接的なきっかけは今年の元日特番をめぐる騒動と、それに対する局の対応だった。
2022年1月1日に放送されたトークバラエティー番組『東野&吉田のほっとけない人』で、ゲストの1組として、「日本維新の会」の松井一郎代表、吉村洋文副代表、そして橋下徹元代表がそろって出演し、司会のお笑いタレント2人とともに、「将来の総理は吉村さんがふさわしい」などと政治的な話題を約40分間にわたって語り合った。他の政党関係者の出演はなかった。
この番組づくりに対して、視聴者から「維新に偏っている」「政治的に中立でない」という声が上がった。テレビ局は放送法で番組審議会の設置が義務づけられている。MBSも外部の委員に委嘱して毎月開催している。しかし同月11日の審議会の議題は『ほっとけない人』ではあったが、正月の放送回ではなかった。そこに外部委員から、「この回が問題ではないか」と声が上がった。
同月17日に社内の調査チームが立ち上がった。3月に発表された調査報告によれば、キャスティングも含めて『ほっとけない人』の制作は、情報・バラエティー番組やスポーツ番組をつくる制作スポーツ局の担当で、「担当者の政治的公平性に対する認識が甘く、番組内でのバランスのとり方が極めて不十分であった」としている。しかし、この問題は「バラエティーだから」では終わらない。松井氏と吉村氏の出演交渉を行ったのは、報道を担う部門である報道情報局だった。しかも、報道トップである奥田信幸局長が収録に立ち会っていた。奥田局長は制作局スタッフではなく、橋下氏本人に呼ばれてスタジオに出向いたと言われている。スタッフの証言によれば、橋下氏はスタジオで、2012年の斉加とのバトルのことを奥田におもしろおかしく語っていたという。
調査報告によれば、奥田局長は、社内調査に対して「制作・編成が視聴率を狙いにいった番組であり、報道情報局としては問題と思うものの、収録したものを放送しないのは難しいと感じていた」と証言している。しかし、奥田局長が1月21日に局員に送ったメールを見ると、何が問題かを理解しているとは思えない。一部を抜粋する。
〈今回の調査は行われてしかるべきだとも思いますが、一方で逆にこれが「政権批判をする番組が政治的公平性を欠いていると指摘され調査が行わ(れ〈引用者補足〉)る」ことになったらどうでしょう?〉
〈今回の問題は「公平かどうか」というよりは「バラエティならこの程度は許されるのではないか」というところに問題があってそんな大それた話ではないという向きもあると思います。しかし私は政治的公平性も大事ですが、表現の自由はメディアにとって最も大切なことと考えています〉
〈万が一今回のことで、BPO(引用者注:放送倫理・番組向上機構)やひいては総務省から「政治的公平性」と判断され、是正を勧告されることになってしまったらそれこそ大問題です〉
筆者はこのメールの真意を聞くために奥田局長に取材を申し込んだが、断りのメールが届いた。書かれていた番号に電話をして直接話したが、立場上取材は受けられないとのことだった。
「党派に偏ることなく、潤沢に」
『ほっとけない人』はBPOの放送倫理検証委員会で議論されたが、最終的に審議入りにはならなかった。しかし、検証委員会は6月に委員長名義で異例の談話を発表している。委員長は次の2点を指摘している。
一つ目は「視聴率重視によるキャスティングが相次ぐことにより政治的公平性を損なうおそれ」である。番組のジャンル分けが曖昧になる中、バラエティーだからといって政治的公平性が緩くてもいいとはいえない、とする。
二つ目は「本番組が行政を担っている政党の政策について何ら異なる視点を提示しておらず、質的公平性を欠いているのではないかという点」である。
そして、「その鋭意な努力を欠いた放送番組によって一番不利益を受けるのは、偏った情報を受け取ることになる視聴者である」「民主主義社会においては、政治に関する情報は党派に偏ることなく主権者に対し潤沢に伝えられるべき」と述べる。