キム 罪を認めないどころか、陰謀論まで持ち出してきた。22年前と同じパターンだなんて信じられませんでしたし、ここで発言すべきだと考えました。
――キム監督たち若い監督が立ち上げた「ドキュフォーラム2020」がどのように成立したのか、教えていただけますか。
キム 私はいつ頃からか、独立映画界が病んでいるように思えてきました。そんなときに『本名宣言』剽窃事件がようやく公論化され、自然にヤンヨンヒ監督を支持し、間違った過去を正面から認めるべきだと考える人たちが集まるようになりました。同じ思いで集まったのがチャン・ユンミ監督、パク・ギョンテ監督、ウォン・テウン監督、ミョン・ソヒ監督、文化評論家のソン・サンミンさんと私の6人です。意外にも、声高に社会的なメッセージを掲げてドキュメンタリーをつくる監督たちではなく、とても個人的で実験的な作業をする、性格もとても静かな人たちです。私たちは正式な協会や団体を目指すわけではなく、『本名宣言』剽窃事件が正当に解決される日まで集まり、共に行動し、後で解散できる「フォーラム」をつくりました。
――韓国の「386世代」(民主化運動世代)への世代的な反発というよりも、もともとは面識がない中で集ったのでしょうか。
キム そうです。お互いをよく知りませんでしたし、今もそうです。私とパク・ギョンテ監督のように今まで支援金を受けながら映画製作をしてきた人もいますし、チャン・ユンミ監督のように、一度も支援金を申請せずに宅配のアルバイトや市民団体で働いたりして資金を集め、独立性を守りながら製作する監督もいます。お互い性格も政治的傾向も異なりますが、『本名宣言』剽窃事件が私たちを集まらせたと言えます。
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ドキュフォーラム2020はその名の通り、2020年9月4日にこの剽窃事件の概要と問題の本質を指摘した上で以下の声明文を発表している。
「私たちは要求する
1. 釜山国際映画祭は〈本名宣言〉の剽窃可否を明らかにせよ。
2. 釜山国際映画祭は〈本名宣言〉事件を組織的に隠蔽した責任を認め、これに対しヤン・ヨンヒ監督に謝罪せよ。
3. 釜山国際映画祭は比較上映会のために〈本名宣言〉を提供した事と関連しホン・ヒョンスク監督に謝罪した部分を声明文(立場表明文)から削除し、ホン監督に剽窃の責任を問う処置を映画祭として講じよ。
4. 釜山国際映画祭は今後、剽窃に対する映画祭のガイドラインを作れ。
5. 釜山国際映画祭は韓国語と英語での声明文(立場表明文)を公式ホームページに掲示せよ。
【※原文は韓国語】」
作品の力、クリエイターの力
キム 韓国の多くの独立映画人たちは、あまりに制度に飼いならされていますし、助成金を得たいために互いに正直になれないように見受けられます。その雰囲気に、私は窒息しそうになっています。私は一時期、韓国独立映画協会から独立した創作者たちと集まり、互いの問題について語り、行政に意見を申し立てようとしましたが、成功せず幻滅した経験があります。そんなときに、挫けずに問題提起をし続け、比較上映会をするヤン監督を見て、私もじっとしていられないと思いました。私はヤン監督という同志に出会えてとても感謝しています。
独立自主映画を撮るというのは難しいことです。日本で在日コリアンの女性として生きながらそんな大変なことをしている人が、作品を剽窃され、巨大な力を持つ釜山映画祭や、仲間同士で顔色をうかがいながら集団的に行動する韓国独立映画人たちから誹謗中傷までされて、胸が裂けるほど苦しかったと思います。ヤン監督はそれに耐えて次々に素晴らしい映画を作られた。そして20年前の事件についてまた声を上げてくれた。感動しましたし、そのことでヤン監督から非常に大きな力を貰いました。
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本来は、『揺れる心』の映像を剽窃されたNHK大阪が主体となって裁判に持ち込めば、それで決着がついただろう事件である。しかし、ヤン監督は司直にゆだねずにあくまでもクリエイターとして映画人の良心に訴えかけた。それがドキュメンタリー監督としての矜持だろう。
在日コリアンの監督は韓国ドキュメンタリー映画界の「ドン」と20年以上闘ってきたことになる。つぶされるどころか、『スープとイデオロギー』(2022年)で、ホン監督が委員長を辞したあとのDMZ国際ドキュメンタリー映画祭で最高賞を受賞する。DMZ映画祭の事務局は「偏見も先入観もなく作品をしっかりと評価してオープニング作品にさせて頂いたし、受賞も受けてもらった」とコメント。このあたりを見ても、自浄作用が沸き起こっているようである。
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――やはり同じ映画監督として作品に魅了されたことが集う上での求心力になったということですか。