◆【キム・ドンリョン監督が語る韓国ドキュメンタリー映画界の闇と光(前編)~ヤンヨンヒ作品の剽窃事件から見えてくる「386世代」の政治と映画の関係】からの続き
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1998年にホン・ヒョンスク監督の『本名宣言』が釜山国際映画祭でウンパ賞(最優秀ドキュメンタリー賞)を受賞。それに対し、ヤンヨンヒ監督が、自作『揺れる心』の剽窃であると抗議をするも、釜山映画祭の審査員たちは「剽窃ではない」と声明を出した。それでもホン監督は早い段階で剽窃を認めていたようで、それは『本名宣言』がヤン監督からの抗議を受けて以降、一切、どこの劇場でも上映されず、封印されていることから明らかである。
剽窃事件の真実がようやく世に知られつつあるにもかかわらず、ウンパ賞はまだとり消されていない。それはなぜなのか。キム・ドンリョン監督にあらたな問いを立ててみた。
韓国独立映画の「陣営」
――「韓国独立映画協会を作ったキム・ドンウォン監督、そして、98年の『本名宣言』をきっかけに、韓国独立映画の『ゴッドマザー』的存在になったホン・ヒョンスク監督を、ほとんどの韓国の映画人が畏怖している」と聞きます。日本で独立映画界と聞くと、インディーズや小規模の独立制作プロダクションのようなイメージが浮かびます。その代表者たちが畏怖されるほどの存在であるというのはどういうことなのでしょうか。
キム 韓国の独立映画は、日本の自主映画と大きな違いがあります。それは、政府からの莫大な支援金を受け取っているという点です。民主化以前、韓国には映画振興公社という行政機関があったのですが、金大中(キム・デジュン)政権になると、映画製作を援助するKofic(韓国映画振興委員会)に組織が新しく生まれ変わりました。そこに民主化に寄与した人々が参画して運営するようになり、このKoficから独立映画支援というシステムが生まれたのです。2007年以降、市民が劇場に行ってチケットを買うと、チケット代の3%が映画発展基金としてKoficに入り、そこから製作者に再分配される仕組みのことです。
――3%の徴収はミニシアターだけでなく、大きな映画館からでもですか?
キム すべての映画館からです。映画発展基金はコロナ直前で年間900億ウォンありました。そのKoficの予算をどこにどう使うかはKoficの職員だけでなく、民間から選出された9人の委員が一緒に決めます。民主化運動の結果、映画界では、国家と民間が予算をどのように使うかを決めるシステムを持ったというのは喜ばしいことです。しかし、特定団体の少数の人間たちが委員を掌握していれば、「陣営」によって特別な恩恵や排除が生まれてしまいます。例えば、現在のKoficでは、独立映画の予算を審査する主要なポジションで、数十年にわたって少数の人たちだけが活動しています。それは、『本名宣言』剽窃事件のときにヤンヨンヒ監督を誹謗中傷し続けたのと同じ人たちで、まったく世代交代が行われていないのです。そして、彼らがつくった団体に対するKoficからの支援金額はひたすら増加しています。
――独立映画界における権力の仕組みが分かりました。ホン監督の『本名宣言』の剽窃事件について、主語を明確にした謝罪がまだ公式になされないのは、そのパワーの影響もあるのでしょうか。
キム 韓国独立映画協会がSNS上で形式的な謝罪をしたことはあります。この事件とは全く関連がなかった若い会員たちが2020年に出した謝罪文で、ヤンヨンヒ監督はこの謝罪文についてメディア(韓国のweb新聞「Pressian」)に寄稿もしています。
若手世代がなぜ声を上げるのか?
――キム・ドンリョン監督のように若い世代の人達がこの問題を風化させずに声を上げているわけですが、実際、映画製作の助成金の差配もできる人たちに対して抗議するというのは、自身の活動にも跳ね返ってくる。経済的な支援はもう受けられないことも覚悟の上での行動は何によってもたらされたのでしょうか。
キム 映画人として当然、こんなひどい事件を前にして黙っていられませんでした。私も事件を知った当初は成り行きを静観していました。ところが、2020年の『揺れる心』と『本名宣言』の比較上映会で剽窃が明らかになったというのに、当然、謝罪すると思っていたホン・ヒョンスク監督と韓国独立映画協会は反応せずに無視しました。一方で商業映画のパク・チャヌク監督が「これは非常に重要な事件であるし、DGK(韓国映画監督協会)として問題視する」と発言すると、それに対して韓国独立映画協会の会員たちが、「商業映画が独立映画を殺そうとする陰謀」だと言い出したんです。
――独立映画協会が「中央日報」の批判に対して問題をすり替えたのと同じパターンですね。