経済には天候に相当する「景気」と気温に相当する「物価」の二つの大きな要素がある。理想的なのは「好景気」と「物価下落」の組み合わせだが、これはまれにしか生じない。最も多いのが「好景気」と「物価上昇」の組み合わせで、景気が過熱し需要が供給を上回って物価が上昇してしまう。好天が続いて猛暑になるというわけだが、景気が良ければ、ある程度の物価高も我慢できるかもしれない。
一方、「不景気」と「物価下落」の組み合わせが、「デフレ不況」だ。不況で需要が低迷すれば、値下げで対応するのは当然のこと。天候不順で冷夏になるというわけだ。こちらも、物価が下がる分だけ、不況に対する不満も小さくなるといえるだろう。
これに対して、どうにも我慢ならないのが「不景気」と「物価上昇」の組み合わせのスタグフレーション。天候不順なのに猛暑という最悪の組み合わせで、景気停滞を意味するスタグネーション(stagnation)と物価上昇のインフレーション(inflation)を組み合わせた造語だ。
不景気なのに、なぜ物価が上昇してしまうのか? スタグフレーションの原因の代表的なものが、一次産品価格の上昇だ。原油価格をはじめとした一次産品の価格は、景気とは無関係に上昇する場合がある。その代表的な例が1970年代のオイルショック。この時は、原油価格の急騰が物価全体に波及、賃下げなどのリストラが追いつかずに企業業績が悪化、景気全体が急速に失速してスタグフレーションを引き起こした。
また、何らかの理由で供給能力が低下し、需要に追いつかなくなった場合にもスタグフレーションが発生する。その典型例が戦争や大規模災害で、生産設備が大きな損傷を受けて供給不足が生じて物価上昇を招く。一方で企業の生産活動は低迷したままで、失業率も高止まりし、スタグフレーションに陥ってしまう。
スタグフレーションを克服するのは容易ではない。景気が悪化した場合には金融緩和が実施される。しかし、スタグフレーションでは物価高も同時に起こっていることから、物価上昇につながる金融緩和を実行できない。反対に物価抑制を優先させるために金融引き締めを行うと、今度は景気が悪化してしまう。スタグフレーションは、単純な経済政策では解消できないのだ。
東日本大震災が、日本経済をスタグフレーションに陥れるとの指摘もある。大震災に伴って、生産能力が低下し景気が悪化する一方で、復興のための様々な需要が拡大、物価が上昇してしまう恐れがあるのだ。天候が悪いにもかかわらず猛暑、というのは最悪の夏。「デフレという冷夏のほうがましだった」。そんな事態に陥りかねないのが、現在の日本経済なのである。