世界経済についても、「氷河期に入ったのではないのか?」という議論が活発になっている。「長期停滞論」だ。主張しているのはローレンス・サマーズ、クリントン政権で財務長官として辣腕(らつわん)を振るうなど、理論と実務に精通する経済学者だ。2013年11月、サマーズは国際通貨基金での講演で、世界経済が長期間停滞すると予言。これが大きな反響を呼び、長期停滞論として、多くの経済学者たちが取り組むテーマとなった。
サマーズは、世界経済が長期停滞するのは、自然利子率が長期間マイナスになるためだとした。自然利子率は、景気が安定し、完全雇用が達成される金利水準。金利は「経済の気温」であり、自然利子率はその名の通り、経済の基本的な構造や状況などで自然に決まる「外気温」に相当する。サマーズは、自然利子率という外気温のマイナスが続く氷河期になると、貯蓄が好まれて消費や投資などの需要が抑制されると指摘する。氷河期に備えて人や企業がお金という燃料を使わずに貯蔵しようとする結果、経済停滞とデフレが発生する。最初に氷河期入りしたのは日本で、これがヨーロッパへと拡大し、世界を覆い始めているというのだ。
こうした状況の中、中央銀行は様々な対策を打ち出してきた。中央銀行は「経済のエアコン」であり、「室温」に相当する自国経済の金利や物価を「適温」に保とうとしている。中央銀行が行ったのが大規模な金融緩和策だった。中央銀行の金融政策は、物価の上昇を抑えるために政策金利を引き上げるという「クーラー」であり、暖める機能は持っていない。そこで「ゼロ金利政策」でクーラーを停止させた後は、貨幣を大量に供給する量的金融緩和策を展開した。外気温が下がったので、燃料である貨幣を大量に供給、火をつけて氷河期を乗り切ってもらおうとした。
しかし、金融緩和策は、十分な効果を挙げていない。サマーズは自然利子率がマイナスになると、金融緩和政策は効かないと指摘する。また、自然利子率がどのような要因で決定されるかも完全に解明されていないため、対策を打つことも容易ではないという。経済が氷河期に入ってしまうと、人間の力ではどうすることもできず、ひたすら耐えるしかない……という悲観的な考え方が、長期停滞論の根底にある。
一方で、長期停滞論には反論も多い。自然利子率の低下は一時的な景気変動によるもので、氷河期に入ったわけではない。また、中国やアジアの国々は活発な経済活動が続いていて、氷河期どころか猛暑が続いている。さらに、アメリカ経済も一時期のデフレ傾向を脱して、金利上昇するなど気温が上昇中で、世界経済全体に長期停滞論を当てはめるのは早計だというのだ。
長期停滞論が示す通り、世界経済は氷河期に入ったのか? そこから抜け出す方法はないのか? 長期停滞論についての議論は熱を帯びているが、明確な結論や処方箋(せん)は示されていないのが現状なのである。