知人が学習塾を拡大させるための「生徒1人当たり15万円」という追加費用が「限界費用」だ。ミクロ経済学の重要な概念で、生産量を一単位増加させるためには、どれだけ費用が増加するのかを示すもの。設備投資などを決める上での判断材料で、経営者は限界費用をにらみながら、最適な経営戦略を模索していく。
限界費用が小さければ、事業拡大は容易であり、攻めの経営が可能となるが、大きければ慎重にならざるを得ない。プレハブ教室の建設費用が100万円なら、限界費用は5万円となり、安心して事業拡大に踏み切れるが、建設費用が500万円なら限界費用は25万円となり、ためらわざるを得なくなる。また、建設費用が500万円であっても、追加募集の生徒数が50人に引き上げられるなら、限界費用は10万円に低下し、事業拡大に前向きになれる。
限界費用は「限界収益」との比較も必要だ。限界収益は、生産量を一単位増やした際に、どれだけ収益が増えるかを示すもの。もし、「限界費用<限界収益」なら、事業拡大によって利益が増える余地があるが、反対に「限界費用>限界収益」なら、事業拡大に見合うだけの利益が得られないことになる。そして、「限界費用=限界収益」となる時、企業の生産体制が最適水準にあると考えられるのだ。
企業経営を大きく左右する限界費用だが、近年はこれがゼロとなるビジネスモデルが広がりつつある。その一例がインターネットを活用した情報配信や音楽配信、電子書籍などで、コンテンツを完成させてしまえば、複製も輸送のコストも不要となる。限界費用はゼロであり、100人に配信しようが1万人に配信しようが同じこととなる。
「限界費用ゼロ」のビジネスは、「無料化」へと向かう。費用がかからなければ、販売価格を下げることが可能となり、やがてはタダにすることができるのだ。Skype(スカイプ)の無料電話は、限界費用がゼロであることを利用したものであり、Airbnb(エアビーアンドビー)やUber(ウーバー)などのサービスも基本的には無料で提供されている。インターネットと製造業を融合させた「IoT」が進展すれば、限界費用ゼロのビジネスが、旧来型のビジネスも大きく変えることになる。
学習塾の拡大を検討している知人にそのことを話すと、「ネットでつなげば、塾生を自宅に集める必要もない。プレハブ教室を建てるなんて時代遅れだな」と言い出した。ネットを利用し、生徒をそれぞれの自宅で指導する方法を検討してみるという。
長きにわたって企業経営を左右してきた限界費用。その束縛を打ち破る「限界費用ゼロ革命」が、ビジネス界を席巻する日が、すぐそこにやってきている。