国家を家庭と考えると、貿易はそれぞれの家を訪問すること、相手の家を訪問するのが「輸出」、相手の訪問を受けるのが「輸入」だ。自由貿易協定(free trade agreement)は、輸出も輸入もお互いに制限せずに行うことを約束するものだ。
国家間の貿易は自由に行われるのが理想だ。しかし、現実は異なる。相手の家にはどんどん遊びに行きたい半面、あまり我が家にやってきて欲しくないというのが本音。そこで、訪問者に対しては、玄関先で「関税」という入場料を徴収したり、「服装がそぐわない」などと難癖を付けて訪問を拒む「輸入制限」などが、世界各国で行われ、自由な行き来を妨げている。
こうした状況を打開し、世界中の国々が、それぞれを自由に訪問できるようにしようという取り組みが、世界貿易機関(WTO)で進められている多角的自由貿易交渉だが、現実には各国の利害対立が激しく、ほとんど前進していない。しかし、隣国や親密な国同士など、対象を数カ国に絞れば、利害関係の調整もしやすくなる。こうしたことから、2~3カ国というより狭い範囲での自由貿易協定を結び、自由貿易地域(free trade area)を形作る動きが広がっている。
対象国を絞った自由貿易協定で最も早く結ばれたのが、1992年のNAFTA(North American Free Trade Agreement 北米自由貿易協定)だ。アメリカ合衆国とカナダ、メキシコと、隣接する3カ国が結んだ協定で、関税を相互に撤廃するなど、自由な相互訪問を可能とするものであった。この結果、「メキシコ君」の訪問の際に「アメリカ君」が求めていた入場料(関税)はタダ、同様に、「アメリカ君」が「メキシコ君」の家に行くときも、フリーパスになったわけだ。
2007年4月には、アメリカと韓国が米韓自由貿易協定(韓米自由貿易協定)を結んだが、これにショックを受けたのが、日本であった。自由貿易協定が結ばれると、当該国同士の行き来は自由になるが、それ以外の国については、関税や輸入障壁などの制限が残る。したがって、アメリカと韓国が自由貿易協定を結んでしまうと、日本と韓国がそれぞれアメリカを訪問(輸出)しようとした場合、その待遇に差が出てしまうのだ。
日本の場合、製品を輸出する際には関税を課され、その分だけ販売価格は高くなる。一方、韓国はフリーパスだから、関税の分だけ安く売ることができ、同じ水準の製品であれば、有利な立場に立つことができる。競争相手の韓国が、アメリカとより親密な関係を結んだことで、日本の立場は苦しくなってしまったのだ。
こうした事態を防ぐには、日本も積極的に自由貿易協定を結ぶことが必要だが、これは容易なことではない。日本とアメリカが自由貿易協定を結ぶと、日本の工業製品をより安く輸出できる一方で、アメリカからの農産物に対する関税も撤廃されることから輸入が急増、国内農業に大きなダメージを与えてしまう恐れがある。このため、日本が自由貿易協定を結んだのはシンガポールなど、農産物がかかわらない国ばかり。主要国に対しては、なかなか締結できないのが現状なのだ。
しかし、この状態を続ければ、競争力の弱い農産物を守るために、工業製品などの競争力が損なわれる恐れが出てくる。農産物、とりわけコメの自由化をかたくなに拒むことで、自由貿易協定を結べない状況が続く日本。どこかで大きく政策転換をしなければ、日本は孤立し、貿易立国としての存在そのものを危うくする事態になりかねないのだ。