経営が悪化して、銀行から救済融資を受けている企業の場合、銀行から厳しいリストラ策を突きつけられないかと、経営陣は戦々恐々としている。後輩からお金を借りていれば、先輩であっても強くは出られない。借用証書を片手に「無駄遣いはやめて、早くお金を返してください」と迫られないように、後輩のご機嫌をとることにもなりかねない。
アメリカ政府も同じような状況に置かれている。財政赤字という巨額の借金を抱えるアメリカに、お金の貸し手がプレッシャーをかけているのだ。貸し手たちが持っているもの、それが「アメリカ国債」(米国債)である。
米国債はアメリカ政府が発行する借用証書だ。償還期間が1年未満の短期国債(Treasury Bills)、2~10年の中期国債(Treasury Notes)、そして、10年以上の長期国債(Treasury Bonds)と、大別すると償還期間ごとに3種類が発行されている。
日本を含めて、国債は世界中の国の政府が資金集めのために発行している。その中にあって米国債は信用力が高く、流通性はドル紙幣に匹敵する。このため、世界中の投資家が、株式や債券、社債などと同じように投資対象として購入、各国の政府も、外貨準備の一部として購入しているのだ。
膨大な財政赤字を抱えるアメリカだが、世界中の投資家や政府が国債を購入してくれることで、借金を重ねることができているのだ。
しかし、お金を貸している以上、返してもらえなくなっては困る。米国債の保有者も同じだ。アメリカ政府が大量の国債を発行し続けた場合、返済不能となって米国債が紙くずになることも考えられる。こうしたリスクを避けるために、保有者が国債を売却して、現金に換えるという行動を取ることもある。
こうした動きが一気に広がれば、アメリカ政府は窮地に追い込まれる。国債を購入してもらえなければ借金ができず、政府の活動資金が足りなくなる恐れが出てくるのだ。
また、米国債が大量に売却されると、アメリカの金利が上昇する。米国債に対する信用力が低下して人気が落ちた場合、政府は米国債の人気を高めるために、より高い金利を付けた国債を販売せざるを得なくなる。
米国債の金利は、アメリカ全体の金利水準を左右する重要な役割も担っている。米国債が大量に売却されれば、アメリカ政府の金利負担を増やし、さらには企業の支払金利も増えて、景気全体を冷やすことにもなりかねない。こうした事態を避けるため、アメリカ政府は米国債の大口保有者の動向に神経をとがらせ、ご機嫌を損ねないように配慮しなくてはならなくなるのだ。
1980年代後半、アメリカ政府にプレッシャーをかけていたのは、米国債を大量に保有していた日本政府と日本の生命保険会社だった。
85年から始まった急激なドル安・円高によって、ドル建てのアメリカ国債には、巨額の為替差損が発生する。97年には、一向に止まらない円高・ドル安に業を煮やした当時の橋本龍太郎首相が、「米国債を売りたい誘惑にかられたことがある」と発言、アメリカ政府を慌てさせたのであった。
現在、アメリカ政府にプレッシャーをかけているのは中国だ。中国の米国債保有残高は、2008年9月末の時点で5850億ドル(約56兆8800億円)、日本の5732億ドルを抜いて世界一となった。その後も保有残高は増え続け、09年5月には、8000億ドルを突破している。
ところが、経済危機に対応するべく、オバマ政権が巨額の財政支出を決定、米国債が大量に発行され、中国政府内からこれを不安視する声が出始めた。そして、「米国債を売却するぞ」と水面下でプレッシャーをかけ、外交上のカードとして使う動きも見せ始めているのである。
米国債は、世界の主要な金融商品の一つだが、アメリカ政府の借用書でもある。お金の貸し手が借り手にプレッシャーをかけるように、米国債の大量保有者がアメリカ政府にプレッシャーをかける道具として利用することも可能なのだ。