ところが、綱がほとんど動かない通貨がある。中国の通貨である「人民元」だ。人民元にも円やドルなどのように需要と供給がある。しかし、大きく違うのは、人民元相場が需要と供給ではなく、中国政府によって決められているという点。人民元相場は中央銀行である中国人民銀行が基準値を公表、一日の変動幅がその上下0.5%に収まるように市場介入を行っている。人民元とドルとの綱引きは、杭(ペッグ)に結びつけられているかのようにほとんど動かないことからドルペッグ制と呼ばれ、事実上の「固定相場制」となっているのだ。
輸出が急増している中国では、輸出業者が受け取ったドルなどの外貨を大量に人民元に替えることから、人民元相場は上昇するはずである。ところが、中国政府は人民元の上昇を好ましくないと判断、「ドル買い・人民元売り」の市場介入を日常的に実施している。中国政府がドルの側で強引に綱を引いていることから、人民元は需要と供給を無視した水準に固定されているというわけだ。
中国政府が人民元の上昇を阻止している最大の理由は、輸出産業へのダメージを避けるため。人民元が上昇すると、中国からの輸出品価格が上昇し競争力が低下する。輸出競争力を維持するためには、人民元の上昇を回避しなければならないと考えているのである。
こうした状況に不満を募らせているのがアメリカだ。人民元が安すぎる結果、低価格の中国製品が大量に流入、国内産業に打撃を与えていることから、中国政府に対して人民元の上昇(切り上げ)を求めている。中国政府が少し力を抜いて、人民元の綱を「人民元高・ドル安」に動かして欲しいというわけだ。
人民元の切り上げには、中国のメリットもある。円高になると輸入品が安くなるように、人民元が上昇すれば中国でも輸入品が値下がりし、中国人がより安く海外旅行を楽しめるようになる。中国企業による海外企業の買収なども、人民元が上昇すれば一層容易になるのだ。
人民元の切り上げが日本経済に与える影響の中で、最も心配されているのが円高の誘発である。「人民元の切り上げ」は「ドルの切り下げ」であり、ドルの信認低下につながる。このため、「円に対してもドルを売ろう!」という投機的な取引が強まり、円高を引き起こす恐れがあるのだ。
人民元をつないでいる「杭」が抜かれ、切り上げが行われるのは何時で、どんな幅なのか。人民元を巡る「通貨の綱引き」を、世界中が注目しているのである。