この居酒屋と同じ状況に置かれているのが「フラジャイル・ファイブ」だ。ブラジル、インド、インドネシア、南アフリカ、トルコの5カ国の通貨、あるいは国そのものを示す言葉で、その経済基盤が「脆弱」(フラジャイル)であることからこう呼ばれるようになった。
フラジャイル・ファイブには、アメリカから大量のお金が流入、これが経済を活性化させてきた。しかし、2013年半ばになると、流れが一変、アメリカにお金が戻り始め、外国為替相場の暴落と経済的混乱の危機にさらされる。中国人の働き手に帰郷されて、居酒屋の営業が苦しくなるように、出稼ぎに来ていたお金が母国に戻ることで、国全体の経済が不安定化しているのだ。
フラジャイル・ファイブにお金が流れ込んできた原因は、アメリカの大規模な金融緩和政策にあった。08年に発生したリーマン・ショックとこれに伴う金融危機に対応するために、アメリカの中央銀行に相当するFRB(連邦準備制度理事会)は大量の資金供給による金融緩和策を断行した。経済活動を支えるお金の流れを安定させる目的だったのだが、かなりの部分が国外に流出する。金融危機を回避させるはずのお金が、「国内にはよい仕事がない」と、外国へ出稼ぎを始めたわけだ。
出稼ぎ先として人気だったのがフラジャイル・ファイブだった。金利が高水準であり、お金はより高い「給与」を求めて、流れ込んで行ったのである。お金の流入につれて外国為替相場は上昇、株価や不動産価格も上昇するなど、フラジャイル・ファイブの経済は活気づいた。
ところが、13年6月、FRBはアメリカ経済が危機を脱しつつあると判断、資金供給の縮小に言及する。これを受け、アメリカ国内でお金の「人手不足」が生じるとの思惑が広がり、出稼ぎ先からお金が戻り始める。結果としてフラジャイル・ファイブは、外国為替相場の暴落と経済的混乱が懸念される事態となった。
あわてたフラジャイル・ファイブの金融当局は、金利の引き上げ策を打ち出した。「給料を上げるから、帰らないで……」と、引き止め工作を始めたのだ。しかし、金利の引き上げは景気を冷やすというマイナスの効果を持っていることもあり、思ったような効果を上げられずにいる。
「フラジャイルな国」は、5カ国にとどまらず、新興国の多くも同様の状態にあるという指摘もある。万一、これらの国々で連鎖的に経済危機が発生した場合、世界経済は大混乱に陥る。その影響は日本にも波及し、円高の再燃や株価暴落などを引き起こす恐れがあるのだ。
アメリカがリーマン・ショックに対応するために、大量にばらまいたお金。その「帰郷問題」はフラジャイル・ファイブのみならず、世界経済全体をフラジャイルにしているのである。