これとよく似た動きを示すのが「Jカーブ効果」だ。Jカーブ効果とは、外国為替相場の変化が、貿易収支に影響を与えるまでに時間差があることによって生じる現象だ。日本とアメリカの場合で考えてみよう。為替相場が1ドル=90円から100円へと円安・ドル高になったとする。この場合、90万円の日本車のアメリカでの販売価格は、1万ドル(90万円÷90円)から9000ドル(90万円÷100円)へと値下げが可能となるため、輸出増加が予想される。反対に輸入品の価格は上昇、輸入量が減少することから、貿易収支の改善が期待できるのだが、こうした動きはすぐには現れない。円安の初期段階ではまず貿易収支が押し下げられ、その後時間をかけて改善されていく場合が多いのだ。その動きをグラフにするとアルファベットの「J」に似ていることから、Jカーブ効果と呼ばれている。自国通貨の下落というブレーキを踏んでも減速できず、しばらく走ってからようやく方向転換できるというわけだ。
なぜ、こうしたことが起こるのか? 円安が進めば輸出品の価格競争力が高まるものの、即座に輸出増加を実現できるわけではない。一方で輸入は、原油に代表されるように輸入価格が上昇しても、輸入量はなかなか減少しない。輸出が伸び悩んでいる上に、円安になった分だけ輸入額が増加するため、貿易収支の悪化が進んでしまう。ある程度の時間が経過すれば円安効果で輸出が増加、貿易収支は改善へと向かうはずだが、そこまでは我慢せざるを得ないのだ。
アベノミクスの一環として行われた日本銀行の大規模な金融緩和によって、円相場は大きく下落、輸出増加による貿易収支の改善と景気刺激も期待された。Jカーブ効果があることから、貿易収支の改善には時間がかかることは予想されていたが、円安が始まって1年を経過しても貿易収支の赤字は増え続けている。2014年4月の貿易収支は8089億円の22カ月連続の赤字、Jカーブ効果が現れる気配はない。
Jカーブ効果が現れない理由について、甘利明経済再生担当大臣は2014年1月の衆議院予算委員会で、(1)新興国経済の失速で輸出が伸びない、(2)生産拠点が海外に移転してしまっている、(3)電機などの分野では国際競争力が低下し、少しばかり円安になっただけでは輸出が増えない、などの要因を挙げた。加えて、原子力発電所がすべて止まっていることから、主要な輸入品であり火力発電に使用する原油の輸入量は減少せず、円安による輸入価格の上昇が貿易収支を一段と悪化させている。日本経済は、円安になってもブレーキが利かず、貿易収支の方向転換ができずにいるのだ。
このままでは「J」ではなく「I」のような形で貿易収支の悪化が続く恐れもある。いつになったら方向転換できるのか? 日本の経済界には焦燥感が高まりつつある。