国際金融にも、同じようなクーポンがある。国際通貨基金(IMF)が創設した「SDR」だ。IMFは世界各国が資金を出し合って発足させた国連の専門機関で、対外債務を返済できなくなった国に融資を行なうなどによって、国際金融を安定させる役割を担っている。SDRもその手段の一つで、対外債務の返済が苦しくなった国は、ドルやユーロなどの「自由利用通貨」と交換して支払いに充てることができる。通貨を「引き出す」(=Drawing)、「特別」(=Special)な「権利」(=Right)という意味のSDRは、IMFへの出資額に応じて無償で配分され、各国の外貨準備に計上されている。交換可能なのはアメリカドル、ユーロ、日本円、イギリスポンドの4通貨。SDRの価値を決めているのもこの4通貨で、その構成比率はドル(41.9%)、ユーロ(37.4%)、ポンド(11.3%)、円(9.4%)となっている。
外貨が不足して対外債務の支払いが苦しくなった国の政府は、ドルなどの自由利用通貨を保有している国の政府にSDRを渡して、通貨に交換してもらうことができる。また、対外債務の支払いを、直接SDRで行うことも可能だ。支払い手段という点では通貨と同じ機能を持つSDRだが、紙幣などはない帳簿上の存在で、使用範囲はIMF加盟の政府間のみ、民間取引では使えない。SDRはIMFという観光協会が発行し、加盟国に配っているが、使用範囲が限定された特殊なクーポンなのだ。
2015年の債務危機の際、ギリシャ政府は保有していたSDRで債務の返済を行った。しかし、保有していたSDRは債務額には遠く及ばす、焼け石に水。SDRはIMFの出資額に応じて配分されているため、債務危機に陥る国ほど保有額は少なく、問題解決は事実上不可能だ。使える場所が限定的な上に、必要な人に十分に行き渡っていないSDRは、ほとんど役に立たないクーポンと化している。
「国際金融の盲腸」などと陰口をたたかれていたSDRが、突然脚光を浴びたのが、中国の通貨である人民元の組み入れ決定だった。IMFは16年10月から、人民元をSDRの構成通貨に加えることを決定した。構成比率はドル41.73%、ユーロ30.93%、人民元10.92%、円8.33%、ポンド8.09%。人民元は第3位となり、日本円は第4位に後退した。IMFという世界的な観光地の中で、「3番目に重要なスポット」と認められたことで、中国政府は大喜びした。しかし、人民元が加わっても、SDRの重要性が高まるとは考えにくく、世界経済に与える変化もほとんどないと考える専門家が大勢だ。
SDRをドルに次ぐ「第2の国際通貨」に発展させ、国際金融を安定させる重要な手段にしようとしていたIMFだが、その思惑は完全に外れてしまった。国際金融という観光地を発展させるために導入されたSDRというクーポンは、滅多に使われることなく、各国の外貨準備という金庫に入れられたままなのである。