小さな力で大きなものを動かせるテコの原理が、日常生活の様々な場面に取り入れられているためだが、金融の分野にもテコが存在する。「レバレッジ」だ。
「テコの作用」を意味するレバレッジ(leverage)は、少額の資金で大きな投資を行うこと。先物取引やデリバティブなどの最先端の金融取引の重要な要素となっているが、その出発点はテコの原理同様に古く単純なものだった。
金融取引におけるレバレッジの出発点は、銀行による融資業務だった。銀行は元手となる自己資金(自己資本)だけでなく、多くの人から預金を集め、それを融資に回して利ザヤを稼いでいる。これは、少額の資金で大きな取引を行うレバレッジの原点そのもの。レバレッジの大きさを示すのが、自己資金の何倍の取引を行っているかを示すレバレッジ率。自己資本10億円の銀行が、100億円を融資している場合、レバレッジ率は10倍となるのである。
住宅ローンも、レバレッジを活用した取引の一つだ。頭金300万円で6000万円の住宅を購入するというのはごく普通のことだが、これを可能にしているのは、購入した住宅を担保にするという住宅ローンを金融機関が提供しているからである。300万円の頭金で6000万円のマンションを購入した場合、住宅ローンのレバレッジ率は20倍となる。金融機関がテコの「支点」になって、小さな元手で大きな取引を実現させるのがレバレッジなのだ。
金融取引に古くから存在していたレバレッジというテコだが、近年急速に高度化、レバレッジ率を飛躍的に高めた金融取引が次々に登場した。
少額の証拠金で巨額の取引が可能となる先物取引、個人の間で急速に広がった外国為替市場でのFX取引、保険の一種であるオプション取引に、融資が焦げ付いた場合を保証するCDS…。これらの取引に共通しているのは、少額の元手で巨額の取引を可能とするレバレッジであり、金融技術の進化は、高いレバレッジ率を実現するプロセスであったとも言えるのである。
このレバレッジに目をつけ、大いに活用したのが巨額の資金を運用するヘッジファンドや機関投資家だった。世界的な投資家ジョージ・ソロスは、レバレッジを最大限に活用した取引でイギリスのポンドを大量に空売りし、買い支えようとしたイギリスの中央銀行までも打ち負かして莫大な利益をあげた。これをきっかけに、レバレッジは流行語となり、世界的に広がっていったのだった。
強力なテコのパワーであるレバレッジだが、それは同時に大きなリスクを背負い込むことにほかならない。テコが逆に作用したとき、その破壊力は極めて大きなものになるのだ。それが現実になったのが、2008年に深刻化した金融危機だ。
レバレッジを利かせた取引を活発化させた投資家や金融機関が大きな損失を計上、相次いで破綻に追い込まれた。その典型が全米4位の投資銀行だったリーマン・ブラザーズの経営破綻だった。世界の金融界でフル稼働してきたテコが、支点となっていた金融機関が破綻したことで機能不全に陥り、金融危機を引き起こす元凶になったのだ。
物事がうまく進まなくなるという意味の「てこずる」は、「テコがずれる」が語源だという。重いものを動かすには大変便利なテコだが、一度ずれてしまうと、修復は容易ではなくなる。レバレッジに熱狂してきた世界の金融界は今、ずれてしまったテコに、てこずっているのである。