都内に住む友人が電話口で話す。近くで分譲されるマンションが、好条件な上に価格が安く、購入希望者が殺到しているというのだ。完成は半年後で、抽選で購入者を決めるという。
分譲マンションのように、販売予定の商品等の売却先や価格を事前に決めておく予約販売は、広く一般的に行われている。これを発展させ、専門の取引所で行われているのが「先物取引」だ。原油や金、小麦や大豆と言った商品の他に、国債や外国為替といった金融の分野でも応用されている。
先物取引が発達した理由は、取引の円滑化とリスクの軽減だ。予約販売が行われれば、人気商品に長い行列ができることもなくなるし、人気がなければ生産量を減らすといった対応も可能となる。商品の提供者にも、購入者にもメリットが多いのだ。
秋に収穫される新米を、田植えをする前の春先に予約する場合を想定してみる。新米を必要としている人にとって、予約をしておけば安心できるし、生産者にも売却先が決まっていたほうが望ましいだろう。分譲マンションのように売却価格が固定されている場合とは異なり、新米の場合には、需要と供給を反映して価格が決定される。これが先物価格で、購入希望量が増えれば先物価格は上昇、豊作で供給が増えると予想されれば、先物価格は下落することになる。
新米を購入する際、先物取引を利用したほうが良かったかどうかは、実際に新米が収穫された秋に判明する。収穫された新米の取引(先物取引に対して「現物取引」と呼ぶ)で付けられる価格(現物価格)がいくらになるかで決まってくるのだ。
秋に決まる現物価格が1kg=1000円だった場合、900円で先物取引をしていた人には利益が、反対に1200円で契約していた人は、思惑が外れて損をすることになる。
取引の円滑化とリスク軽減の目的で始められた先物取引は、現物取引を補う「脇役」であった。ところが、その「脇役」が「主役」である現物取引を脅かすようになる。
新米の収穫量が減ると予想され、先物価格が上昇したとしよう。すると、「新米の価格が上昇するなら、現在流通している米の価格も上昇するに違いない」という思惑が広がり、店頭での米の価格を引き上げたり、売り惜しみが広がったりして、結果的に現物価格も上昇してしまうのだ。
先物取引が発達するにつれて、現物取引との差が縮まり、先物価格と現物価格が同じような値動きをするようになる。場合によっては、先物価格に引きずられて現物価格が動くという「主役の交代」という現象も、しばしば見られるようになった。
「今日の日経平均株価は、先物主導で上昇…」といった株式市況のコメントをしばしば目にするのも、こうした理由からなのだ。
「運だめしに応募しようと思う」と友人は言う。万一当たっても、マンションの受け渡しは半年後、1割の手付金は何とか工面できる。マンションを買うつもりもお金もないが、人気物件だから、高値で転売できるはずだというのだ。
これと同じことが、先物取引にも当てはまる。先物取引は少額の「証拠金」を支払うだけで、巨額の取引ができる上に、売り買いを相殺して差額を支払う「差金決済」によって自由自在に取引をすることができる。これによって、先物取引が膨張、現物取引から主役の座を奪い、マネーゲームの温床となっている。原油の先物取引はその典型だ。
リスクを減らすための先物取引が、逆にリスクを拡大させ混乱を生じさせている。こうした批判を受けているのが、先物取引の現状なのである。