友人がうれしそうに報告してくる。近所で売り出されたマンションが倍率数十倍の人気物件だったため、「運だめしに…」と応募したところ当選してしまったという。1割の手付金をなんとか捻出して契約したが、マンションを購入するつもりもなく、資金ももちろんない。マンションの受け渡しと残金の支払いは半年後なので、それまでに転売相手を見つけて、高値で売り抜ける魂胆なのだ。
資金力に乏しい友人が、マンションという高額の買い物をできたのは、契約から受け渡しまでに時間があり、その間はわずかな手付金を支払うだけで済むからだ。
これと同じ仕組みに基づいているのが「証拠金」を利用した取引で、先物取引などで幅広く導入されている。先物取引では、商品などの受け渡しが先になることから、手付金に相当する「証拠金」を支払うだけで取引が成立する。
原油の先物取引を例にとろう。ニューヨーク商品取引所で行われているWTI(West Texas Intermediate)という原油の先物取引は、取引単位が1000バレル(約15万9000リットル)、1バレル=100ドルとすると、最低でも10万ドルの現金が必要となる。
ところが、先物取引なので、実際の受け渡しは1カ月から最長で5年後。そこで、マンションの場合と同様に、原油の受け渡しまでは手付金に相当する「証拠金」を支払うだけでよい。証拠金は1000バレル当たり1万1813ドル(2008年7月現在)で、実際の取引金額の10%程度だ。
証拠金という少額の資金を支払うだけで、大きな取引が可能となっている先物市場。これによって、WTIの産出量は1日100万バレル以下であるにもかかわらず、先物取引の1日の取引量は1億バレルをはるかに超えている。これが、レバレッジ効果(てこ効果)と呼ばれるもので、証拠金がこれを可能にしているのである。
証拠金で何倍の取引ができるのかを示すのがレバレッジ倍率だ。証拠金が取引金額の10%の場合、証拠金の10倍の取引ができることから、レバリッジ倍率は10倍となる。証拠金が5%で済むならレバリッジ倍率は20倍、50%必要な場合には2倍のレバリッジということになる。
証拠金によって大きな取引が可能になるのは、取引が行われなかった場合、証拠金を没収して穴埋めに充てることができるからだ。新築マンションを販売する場合、契約がキャンセルされると手付金は没収される。販売業者はキャンセルされたマンションを再び売りに出すことになるが、その際に生じた損失を手付金で相殺することになるわけだ。
証拠金による取引も同じ考えに基づいている。しかし、取引がキャンセルされた場合、損失を証拠金で吸収できない場合もある。
原油取引の場合で考えてみよう。先物取引で、1000バレルを1バレル100ドルで購入したものの、思惑が外れて80ドルに下落したとする。この時点で発生している取引所の損失は2万ドル(1000バレル×20ドル)で、証拠金の1万1813ドルを超えている。これでは証拠金を没収しても、損失が出てしまう。こうした事態を避けるため、先物取引を管理している取引所は、損失が膨らんで証拠金を上回る恐れがある場合、追加の証拠金を要求する。これが追証で、支払えなければ、損失が証拠金を上回る前に、強制的に取引が取り消されることになる。
証拠金は、先物取引などをスムーズにして活性化する役割を担っている。しかし、マンションを買う気のない友人が、わずかな手付金を支払い、転売目的で購入するといったように、投機の温床にもなっているのだ。原油取引はその典型であり、わずかな証拠金で原油の先物を買いあさっていることが、価格の高騰をもたらしているのである。