友人が大喜びしている。近所で売り出されたマンションが倍率数十倍の人気物件だったため、「運だめしに…」と応募したところ当選した。しかし、もともと購入するつもりはない。そこで、1割の手付金を払って契約、半年後の引き渡しまでの間に転売相手を探したのだという。人気物件だったことから買い手はすぐに見つかり、分譲価格5000万円のマンションを5500万円で売却、500万円の利益を手にしたというのだ。
これが「差金決済」だ。売りと買いを相殺し、その価格差だけの現金が動くもので、先物取引などで広く使われている決済方法だ。
先物取引の場合、実際の商品の受け渡しに時間的な余裕がある。そこで、少額の「証拠金」を支払ってとりあえず契約、残金の支払いは、商品の受け渡し時に行われる。
原油の先物取引を例に取ろう。ニューヨーク商品取引所(NYMEX)におけるWTI原油の先物取引では、1000バレル(約15万8000リットル)単位の原油を、1割程度の証拠金を支払うことで購入できる。十分なお金がない友人が、少額の手付金を支払うだけで、高額のマンションを購入できたのもこれと同じ理屈だ。
しかし、いずれは受け渡し日がくる。その時には、残金を支払うと同時に、大量の原油を受け取ることになる。もちろん、本当に原油を必要としている場合は問題ないが、投機目的で取引した場合はどうなるのか…。原油を保管する場所もないし、残額を支払うこともできない。
だが、慌てる必要はない。住むつもりのないマンションを買った友人のように、受け渡し日に合わせて、他の人に転売する契約を結べばよいのだ。これによって、受け渡し日には原油は帳簿の上を動くだけで、実際に動くのは売りと買いの価格差分の現金だけとなる。これが「差金決済」の仕組みだ。
原油の先物取引で、1バレル100ドルで1000バレルを買い、1バレル110ドルで売った場合には、1万ドル(1000バレル×10ドル)の利益、反対に95ドルでしか売れなければ、5000ドルの損失となる。動くのは取引の差額だけで、一滴の原油も動かないのである。
購入契約を売却契約で相殺し、差額を支払えば、期日が来ても原油を引き取る必要がない。となれば、手元に原油がなくても売り契約を結ぶことができる。受け渡しまでに、買ってくれる相手を見つけてきて相殺、差金決済をすればいいのだ。この結果、「売り」を先行させ、後で買い戻すという「空売り」が可能となる。これによって、価格が下がると予測される場合には、「空売り」が殺到して、下げ幅が急拡大することにもなるのだ。
友人の転売目的のマンション購入を可能にした「差金決済」。これによって、本当に欲しい人が手に入れられず、5000万円の価格が5500万円に上昇してしまった。これが世界的な規模で行われているのが原油先物市場だ。差金決済を利用して、原油など全く必要としていない人々が原油を買いあさった結果、原油価格の高騰がもたらされているのである。