外国為替市場の動きを伝えるニュースを聞くとき、違和感を覚えるのが、値上がりにもかかわらず数字が小さくなってしまうことだ。相場の動きをグラフにすると、縦軸が上に行くほど値が小さくなっていて、騙されたような、釈然としない気持ちになってしまう。
こうした違和感を覚えるのは当然のこと。実は、メディアで一般に伝えられている外国為替相場の表現方法が間違っているのである。
120円というのは、「円相場」ではなく「ドル相場」、正確には「ドルの円に対する相場」で、テレビなどで示される相場表示の1ドル=120円10~20銭を見れば、それがよく分かる。つまり、主語は「円」ではなく「ドル」なのだ。
したがって、冒頭のニュースを正確に表現すると、「東京外国為替市場のドル相場は、円に対して急落、前日の120円台から118円台に突入しました」となる。主語がドルであれば、数字が小さくなって価格が下落するという当然の感覚で、ニュースを見ることができるのだ。
メディアでは「ドルの円に対する相場」と表現するのは面倒なことから、「円相場」と略しているのだが、これが誤解を生む原因となっているのである。
外国為替市場で取引をしているディーラーたちも、ドルを主語にして取引をしている。したがって、ディーラーたちが「上がる」といえば、「ドル」が上昇することで、「円」が上昇することではない。このため、大きく円高に動いた際にディーラーにインタビューすると、「まだまだ下がる可能性があります」といったコメントが出てきて「どっちなんだ?」と混乱することも少なくない。
ディーラーは「ドル」を主語に考えていることから、彼らの「下がる」は「ドルが下がる」という意味であり、その背後に「円が上がる」という意味が込められているのだ。
テレビで外国為替相場のニュースが伝えられる際、「現在の円相場は1ドル=120円10~20銭、今変わりました、120円15~25銭です」と、アナウンサーが言い直すことがある。
画面に表示されているのは、外国為替市場での最新の「気配値」である。120円10~20銭という表示は、市場の買値(bid)と売値(offer)で、「120円10銭でドルを買います」という買い注文と、「120円20銭でドルを売ります」という売り注文が市場に出されていることを示している。もちろん、これ以外にもたくさんの注文が出されてはいるが、その中で「最も高い買値」と「最も低い売値」を選んで、気配値として表示しているのである。
今ここで、あるディーラーが「最も低い売値」の120円20銭でドルを買ったとしよう。この瞬間、120円20銭の売り注文が消えて、次に低い売り注文が表示される。それが120円25銭であった場合、「120円10~25銭」と表示される。
売値が高くなってしまったことで、買い注文を出していたディーラーは、買値を上げざるを得なくなる。新しい買値を120円15銭とすると、市場の気配値はすかさず「120円15~25銭」となる。ここで売り手が買い手の足元を見て、売値をさらに切り上げて120円30銭にすることもある。すると、買い手も慌てて120円25銭、あるいはさらに高い120円30銭に買値を切り上げる…。
この場合には、気配値は「120円30~35銭」となるわけで、こうした動きによって、外国為替市場の「気配値」は頻繁に動き、相場が形作られることになる。
売値と買値の差は10銭程度が一般的だが、市場が静かな場合は、これが5銭程度にまで縮まる。反対に、市場の動きが激しくなると、売値と買値の幅は20銭、30銭と大きくなっていく。1985年のプラザ合意以降の急激な円高局面では、しばしば市場が大混乱し、「118~119円」と買値と売値が1円も開いたことも珍しくなかったが、この値幅の大きさから市場の状況を読み取ることも可能なのである。
外国為替市場でドルが主語になっているのは、ドルが基軸通貨であり、世界貿易の中心にあるからだ。しかし、その地位は少しずつ揺らいでいる。実はユーロについては、主語がドルではなくユーロで、相場の表示は「1ユーロ=1.4120~30ドル」などとなっている。
EU、そして中国などアメリカを脅かすライバルたちが急成長をする中、アメリカが世界経済の主役の地位を失い、ドルも「主語」の座を譲る日が、いずれ訪れるのかもしれないのである。