同じことが株式市場をはじめとした金融市場でも起こっている。コンピューターを駆使した「超高速取引」が市場を支配しつつあるのだ。「超高速取引」は、株価の動きや取引高などのデータをコンピューターが解析、「ミリ秒」(1000分の1秒)単位で巨額の売買を繰り返すというもの。企業の業績や将来性などは一切考慮せず、株価の小さなゆがみやズレを狙って売買を行い、「値ざや」を稼ごうとする。これを実現するためには、東証1部だけでも1700を超える銘柄の値動きをすべて把握した上で、瞬時に大量の取引を行う必要があるため、人間では全く不可能な取引手法。将棋ソフトが可能なすべての「指し手」を計算して「次の一手」を選び出すように、膨大な数の株価の動きをチェックし続けながら、最適な売買戦略を瞬時に編み出す超高速取引は、コンピューターにしかできない芸当だ。
超高速取引は海外の株式市場で急拡大を見せてきたが、日本の株式市場ではあまり活用されてこなかった。その原因は、取引所の注文処理速度にあった。注文が殺到するとシステムダウンを引き起こすなど、東京証券取引所の注文の処理能力は欧米に比べて低く、ミリ秒単位で行われる超高速取引を受け入れることができずにいた。
東京証券取引所の注文処理能力が欧米並みになったのは12年7月。システムの更新によって注文処理速度は1000分の1秒以下となった。これによって、東京証券取引所でも本格的な超高速取引が始められたのだが、これが新たな問題を引き起こす。
超高速取引によって巨額の取引が繰り返されることで、株価がしばしば乱高下するようになった。また、「買いたい!」と思って注文を入れても先を越されるなど、超高速取引に翻弄される一般投資家も出始めた。仲間内でのんびりと将棋を楽しんでいた将棋クラブに、突如として「将棋ソフト」が乱入、その圧倒的な強さに、戸惑いと不満の声が高まっているのだ。
こうしたことから、超高速取引を規制すべきとの声も上がっているが、現実的ではないようだ。麻生太郎財務大臣も、超高速取引が13年5月に起きた株価乱高下の一因であるとしながらも、「一方的に規制しない」と述べるなど、当面は静観する立場を表明している。
将棋ソフト「ponanza」に敗れた佐藤慎一四段の表情には、深い疲労が刻まれていた。「ミリ秒単位」の超高速取引に振り回される日本の投資家にも、焦りの色が浮かび始めているのである。