株式公開(Initial Public Offering ; IPO)における公募価格の設定にも同様の難しさがある。そこで登場するのが「ブックビルディング方式」だ。株式上場とは、新規株式を販売することで、新築マンションの売り出しのようなもの。販売価格に相当するのが公募価格で、業績や資産、将来性などを、同業他社の株価と比較しながら決定されるが、適正水準を見定めるのは容易ではない。
そこで「どの値段で、どれくらい買いたいのか?」という投資家の需要を調べ、これを参考として公募価格の決定を行う。これがブックビルディング方式で、予約、転じて需要という意味にも使われる“book”を積み上げる(building)ことで公募価格を決めることから「需要積み上げ方式」(需要予測方式)とも呼ばれている。
ブックビルディングが登場する以前は、大口投資家に購入希望価格を提示させ、高い順に株式を割り当てるという「入札方式」によって公募価格が決められていた。しかし、この方式では、公募価格が投機的な思惑で高騰する場合が多かったことから、1997年以降ブックビルディングが導入され、現在の主流になっているのだ。
ブックビルディングは、新規株式の「需要申告」からから始まる。株式上場を予定しているA社があるとする。証券会社の分析では、株価は1000円程度と見積もられたが、これが妥当かどうかは分からない。そこで900~1100円などと、価格に幅を持たせた「仮条件」を投資家に示し、この範囲内で何株購入したいのかの需要申告を受け付けるのだ。販売側は「900円で2000株」、「1000円で1000株」などといった投資家の需要申告を集計し、人気が高いなら上限の1100円で、不人気なら下限の900円などと公募価格を決定する。これによって、安すぎて人気が過熱したり、高すぎて売れ残ったりする危険を回避しようとするわけだ。
公募価格が決まると、改めて購入希望を受け付けることになるが、権利があるのは、決定された公募価格以上で需要申告をしていた投資家だけ。A社の株式の公募価格が1000円になった場合、900円で需要申告をしていた投資家は購入する権利がないのだ。一方、公募価格よりも高い1100円で需要申告をしていても、公募価格の1000円で購入できる。このため、人気の株式の場合には、需要申告が仮条件の上限に集中し、最終的には抽選で購入者が決められるケースが大半となっている。公募価格が適正に設定されれば、抽選にはならないはず。しかし、ブックビルディング方式によっても、公募価格を完全な適正水準に導くことは難しいのが実情なのだ。
こうしたことから、「今回の公募価格は割安なので、ぜひ手に入れたい!」などと、新規株式の争奪戦が展開されることが多い。しかし、ブックビルディング方式で決められた公募価格が割安かどうかは、株式上場後に付けられる初値と比較して初めて分かるもの。初値が公募価格を上回ることが多くなっているが、期待に反して下回ることもあり、リスクが付きまとう。こうしたことから、公募価格という「新築販売価格」ではなく、株式市場で取引が始まった後に「中古価格」を見てから判断する投資家も少なくない。
2015年秋、21世紀最大規模ともいわれる日本郵政グループ3社の公募価格もブックビルディング方式で決定した。政府が売り出す巨大マンションの新築分譲価格が割安なのかどうか? 上場に向け、投資家の注目が集まっている。