日銀はデフレ対策として大量のお金を供給する量的・質的金融緩和策を展開してきた。デフレという怪獣に、お金という砲弾を浴びせて倒そうとしたのだ。
2013年3月に就任した黒田東彦日銀総裁は、「異次元の金融緩和策」として「マネタリーベースを2年間で2倍にする」という方針を打ち出す。マネタリーベースは、日銀が供給しているお金のことで、流通現金(紙幣+硬貨)と日銀当座預金からなる。日銀当座預金は民間の銀行や証券会社などの金融機関が日銀に保有している口座で、日銀が供給するお金はここに振り込まれる。ここからお金が引き出されて企業への融資などに使われる、いわば「お金の発射口」だ。流通現金を増やすのは容易ではないため、日銀は日銀当座預金の残高が2倍になるように、大量のお金を振り込んでいく。その強力さから「黒田バズーカ」の異名を取ったこの金融政策は、14年10月に「マネタリーベースを年間80兆円増やす」という、さらに規模を拡大させた第2弾が決定される。黒田日銀総裁は、各民間銀行の日銀当座預金というお金の発射口にそれぞれバズーカ砲を配置し、膨大な砲弾を装填(そうてん)したのだ。
ところが、砲弾は思ったようには発射されなかった。日銀は日銀当座預金から民間銀行がどんどんお金を引き出して企業などへの融資を実行、経済が活性化されてデフレ解消につながることを期待していた。ところが、日本経済には大きな資金需要はなく、振り込まれたお金の多くは日銀当座預金に留まったままで、残高だけが増えていく。日銀がバズーカ砲に砲弾を装填しても、引き金を引くのは民間銀行だ。融資先という目標が見つからないことから、砲弾はほとんど発射されず、バズーカ砲の群れは大量の砲弾を抱えたまま「弾詰まり」になってしまった。
これに業を煮やした日銀が打ち出したのがマイナス金利政策だった。従来、日銀当座預金の残高には0.1%の利息が付いていたため、民間銀行は供給されたお金を放置しておくだけで利益が得られた。そこで日銀は方針を転換し、日銀当座預金にマイナス金利を設定、「砲弾を発射しなければ罰金だ!」と脅したのである。
突然のマイナス金利政策に、民間銀行は腹を立てている。企業は設備投資などに慎重で資金需要は乏しい。資金需要は経営が悪化して資金繰りが苦しい企業に多く、無理に融資して回収不能となれば、その損失は民間銀行が負うことになる。経済実態を無視して、頼んでもいないのに大量のお金を振り込んだ揚げ句、使わなければマイナス金利という罰金を支払わせるという身勝手な金融政策というわけだ。日銀は今後、マイナス金利の幅や適用範囲を拡大させることも示唆しているが、これが度を過ぎれば民間銀行の経営を圧迫して、よりいっそう融資に慎重になることも考えられる。せっかく設置したバズーカ砲の威力を、日銀自らが低下させてしまう恐れもあるのだ。
また、思わぬ場所に砲弾が飛んで行く可能性もある。マイナス金利を嫌って流れ出したお金は、日銀が期待する融資資金ではなく投機資金となって、株式市場や不動産市場に流れ込み、「バブル」を誘発する危険性が出てくる。また、海外へ投資機会を求める結果、日本経済の実態とはかけ離れた過度な円安につながることも予想される。
日銀が今回の決定を「マイナス金利付き量的・質的金融緩和の導入」としているように、マイナス金利政策は、すでに実施されている量的・質的金融緩和の効果を高めるために付け加えられたものだ。「何でもよいから引き金を引いてお金を撃ち出せ!」と、銀行に迫っている黒田日銀総裁。マイナス金利は、「弾詰まり」を起こしているバズーカ砲を一気に発射させるための、強引で掟破りな金融政策なのである。