国債市場でも突如としてバリケードが作られることがある。バリケードの名前は「指し値オペ」、作ったのは日本銀行だ。指し値オペは2016年9月に決定された「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」の一環として導入されたもの。金融緩和を推し進める日銀にとって、想定外の金利上昇は避けなければならない。そのための手段が指し値オペで、主に長期金利の上昇を阻止するためにバリケードを作る。
長期の金利は国債の流通市場で決められている。国債の流通市場では、価格の代わりに金利(流通利回り)で取引が行われていて、人気が低下すると、「より高い金利が付かないと買いたくない」と売り注文が増えて金利が上昇する。国債の売りが膨らんで、想定を超えた金利上昇になりそうな場合、日銀は自ら決めた金利(指値)で買い注文を出し、全ての売り注文を引き受けることで金利上昇を食い止めようとする。指し値というバリケードを作り、突入してくる売り注文というデモ隊の侵入を阻止しようとするのが指値オペなのだ。
16年11月17日、日銀は初めての指し値オペを行った。ドナルド・トランプがアメリカ合衆国の次期大統領に決まったことで、アメリカの国債が売られて金利が急上昇、日本の国債もこれに連動して売り注文が膨らみ、金利が上昇し始めた。危機感を強めた日銀は、特に売り圧力が強かった2年債と5年債の国債市場で指し値オペを実施する。指し値は2年債がマイナス0.090%、5年債はマイナス0.040%で、日銀はこの水準で全ての売り注文を引き受けるという買い注文を出した。国債市場の2カ所にバリケードを設置し、売り注文というデモ隊をけん制したわけだ。
国債市場で突然行われた指し値オペに、市場参加者は驚いた。日銀は通貨の発行権を持ち、理屈の上では無限に国債を買い続けることができる。倒しても、倒しても機動隊員が現れることになるため、国債の売り手は恐れをなして退却を開始する。売り注文が減ったことで金利は一転して下落し、2年債の金利は指し値(マイナス0.090%)より低いマイナス0.155%、5年債の金利も指し値(マイナス0.040%)より低いマイナス0.101%で取引を終了した。日銀が作ったバリケードに、「敵わない……」と、デモ隊という売り手はその手前で引き返してしまった。
国債市場の関係者に、「非常に強力な手段」と恐れられている指し値オペだが、国債には様々な期間がある。今回は2年債と5年債だったが、最大の規模を持つ主戦場である10年債や、さらに長い20年債などもあり、これら全てで指し値オペを実施するのは容易ではない。今後、さらに大きな売り注文が出てきたとき、指し値オペは耐えられるのだろうか? バリケードが破られたとき、金利は大きく上昇し、金融緩和策は根底から崩れることになる。国債市場でのにらみ合いは、これからも続くだろう。