「私には家族の物語がない。祖父母、父母、自分と続く世代の繋がりがなくて、断ち切られたようにこの世に生まれてきた」とマリンは言う。
でも、ルーツがないことを悲しまない。自分の出自に囚われすぎないほうが良い、と語る。
「自分がいかに不公正な扱いを受けたか、不当な目にあってきたか、欠けていたものが多かったか、という視点から世界を見ることもできる。でも、そういう風には考えない。過去どうだったかより、未来の方が大事だから」
「家族の物語がない」というあたりは、まさに『スター・ウォーズ』の最後のヒロイン、レイのようだ。ただ、マリン氏とレイには大きな違いがある。レイはそれでも、自分のルーツの物語を求めて厳しい旅に出る。しかし、マリン氏は「過去どうだったかより、未来の方が大事」と述べる。
現実は、物語よりも一歩、先に進んでいるのだ。
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最近、政治の世界でもうひとりの30代が注目を集めている。
2020年のアメリカ大統領予備選挙で民主党候補の座を狙う、ピート・ブティジェッジ氏だ。
民主党候補は、バーニー・サンダース氏、ジョー・バイデン氏、エリザベス・ウォーレン氏の三者の争いと見られてきた。ちなみにサンダース氏は78歳、バイデン氏77歳、ウォーレン氏70歳と、全員が70代だ。ドナルド・トランプ大統領が73歳であることを考えれば、「大統領選は70代の争い」ということになる予定だった。
ところが、民主党予備選挙の初戦となるアイオワ州で、とんだ“番狂わせ”が起きた。僅差ではあったが、ピート・ブティジェッジ氏がサンダース氏を抑えてトップを獲得したのだ。ブティジェッジ氏は1982年1月19日生まれだから、38歳になったばかりである。ゲイであることと同性のパートナーの存在が公表されており、アフガニスタンで兵役についたことがあり、政治家としては地方都市の市長しか経験していないなど、異色ずくめの彼が、なぜ突然、トップに躍り出たのか。メディアは必死に分析し、ネットでは「得票をカウントするアプリに仕掛けがあった」などの陰謀論も飛び交う始末だが、すべては“後追い”でしかない。
ただ、ブティジェッジ氏の政策には、未知数の部分も少なくない。「最低賃金の引き上げ」などを訴える一方で、「資本主義の重要性を学ぼう」などとも言い、一部からは新自由主義者とも囁かれる。また自身の軍人としての経験から、アフガニスタンなど中東からのアメリカ軍撤退には否定的で、軍学産業複合体を推し進めるのではないかとも言われる。自らは同性愛者と公表しているが、人種などの差別に対しての批判的な発言は少ない。要するに主張に統一感がなく、「左派」「中道」などのこれまでの概念でひとくくりにはできないのだ。
それにそもそも、民主党候補者選びでは、わずか1年前に「若手代表」として期待されていたのは、ブティジェッジ氏ではなく前下院議員のベト・オルーク氏だったのだ。オルーク氏は72年生まれの47歳だから、ブティジェッジ氏よりは10歳年上だが、現大統領や他の民主党候補よりはだいぶ若い。名門コロンビア大学出身、オバマ前大統領からも激励され、妻は富豪の娘で3人の子どもがいて、ロックなどサブカルチャーも大好き、という“善きアメリカ人エリート”のオルーク氏は、若者からも、サンダース氏やウォーレン氏を警戒する穏健派からも幅広い支持を集められる、とおおいに期待された。
しかし、オルーク氏は予想された支持も資金も集めることができず、昨年11月に正式に大統領予備選への出馬を断念したことを表明した。オルーク氏が当初の勢いを失った理由についてもすぐには答えが出るわけではない。ただ、多くの評論家は「ブティジェッジ氏がオルーク氏のお株を奪い、“若手”として躍進した」と言っている。それはアメリカの政治に詳しくない人間から見ても想像にかたくない。
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オルーク氏の勢いが最高潮だった2019年3月19日、米紙「ワシントンポスト」に載った記事から興味深い記述を見つけた。(3)
この記事は冒頭、オルーク夫妻のリビングルームでの会話から始まるのだが、いきなり「潜在意識はあなたの夢の作り手」とか「人生の最後に見える物語」といった心理学的、哲学的なフレーズが飛び交う。そして、これらの着想はオルーク氏の愛読書である『神話の力』(飛田茂雄訳、ハヤカワ・ノンフィクション文庫)から得られていることが明らかにされるのだ。
『神話の力』は、神話学者であるジョーゼフ・キャンベル氏にジャーナリストのビル・モイヤーズ氏がインタビューをした本だ。キャンベル氏は『千の顔をもつ英雄』(倉田真木ら訳、上下巻、ハヤカワ・ノンフィクション文庫)などの著作で日本でもよく知られているが、それよりも有名なのは彼がコロンビア大学で教鞭を取っていたとき、教室には学生だったジョージ・ルーカスがおり、キャンベル氏の授業からインスピレーションを得て作られたのが『スター・ウォーズ』シリーズだということだろう。
キャンベル氏は世界中、主要な神話のモチーフには共通点があることに気づき、深層心理学者であるカール・グスタフ・ユングの「元型(アーキタイプ)」という概念を適用しつつ、その構造を分析する。
今回の話題に関する部分の解説は、日本を代表する読書家である松岡正剛氏の『松岡正剛の千夜千冊』の『千の顔をもつ英雄』の回から借りることにしよう。(4)
ルーカスが『スター・ウォーズ』に適用した世界の英雄伝説に共通している構造というのは、単純化すると次のような3段階になる。
(1)「セパレーション」(分離・旅立ち)→(2)「イニシエーション」(通過儀礼)→(3)「リターン」(帰還)。
英雄はまず、(1)日常世界から危険を冒してまでも、人為の遠く及ばぬ超自然的な領域に出掛けるのである。ついで(2)その出掛けた領域で超人的な力に遭遇し、あれこれの変転はあるものの、最後は決定的な勝利を収める。そして(3)英雄はかれに従う者たちに恩恵を授ける力をえて、この不思議な冒険から帰還する。
そんな単純な、と思うかもしれないが、たしかに『スター・ウォーズ』シリーズの基本構造は最初から最後までそうなっていたし、ちょっと思い出すだけで、古今東西の神話から現代の冒険マンガ、大ヒットゲームなどにもこの構造が見て取れることがわかる。