医療ものドラマの特徴は、まずその世界が「誰もがいつ世話になるかわからない」と感じるほど身近だという点にある。それこそ「私、病気にならないので」などと言える人はいない。あるいは実際に入院や通院の経験を持つ人も多く、「私の病院はこうじゃなかった」「オレを診てくれた女医さんのほうが美人」などと、自らの経験と比べながら見ることもできる。
このように医療の世界は誰にとっても身近なものであると同時に、遠い世界でもある。手術中に医者や看護師がどんな会話をしているか、スタッフどうしの関係はどうなっているか、どうやって治療法を決めているのかなど、ベールに包まれている部分も多い。「近くて遠い」、それが医療の世界なのである。
また、医療ものドラマは、「善対悪」「支配者対被支配者」「有能対無能」などの対立の構図が描きやすい、という特徴も持つ。たとえばこの分野の原点ともいえる「白い巨塔」は、権力やカネが集中する大学医局の教授の座を狙う野心家の医者・財前と、その同級生で世俗的な関心より患者の治療や研究に打ち込む医者・里見という対照的な人物を軸に描くことで、人々の関心をひきつけた。
また、一般的に医者には男性が、看護師には女性が多く、彼らは職場である病院で長時間をすごしたりいっしょに夜勤したりすることもあり、恋愛というテーマも絡めやすい。アメリカの医療ものドラマの代表といえる「ER 緊急救命室」では、登場人物たちがしょっちゅう恋に落ちたり、結婚して離婚してさらに別の同僚と再婚したり、とめまぐるしく病院を舞台にした恋愛模様が描かれていた。
さらに、何といっても医療の世界は「生と死」に最も近い現場なので、そこで起きるできごとはおのずと感動的な物語になることが多い。がん告知、子どもの臓器移植、延命治療、出生前診断といった今日的な医療倫理の問題を折り込めば、見ている側も単にエンターテインメントとして楽しむだけではなく、「深く考えた」「いまの状況がわかった」という、教養番組や情報番組で得られる満足感も味わうことができる。
このように医療ものドラマは“いいことずくめ”なので、多くの放送局が触手を伸ばすのも当然といえる。ただ、そこにはいくつもの問題もある。まずは実際の医療の現場で起きていることはそれほど単純明快ではないので、60分程度のドラマで描くためにはどうしても脚色や誇張などが加わってしまうという問題だ。つまり、専門家から見ると「こんなこと、あるはずない」とリアリティーの欠けた作りになってしまうこともある。
それを避けるために、最近は現場の医者や医療機関に脚本や演出への協力を仰ぐ場合も少なくないようだが、医療関係者には守秘義務があり、「実際の患者はこうですよ」などと簡単に実例を示したり資料を出したりできない。協力を承諾したものの、テレビ製作者からの「もっとわかりやすくハデにお願いしますよ」といった注文にどこまでこたえるべきか、悩む医者もいると聞いたことがある。
「医療ものっておもしろい」と興味を持った視聴者はすぐに刺激になれていき、「もっとドキドキさせてくれる手術シーンが見たい」「余命1年? このあいだの余命3カ月のほうが泣けた」などと要求を出してくるようになる。おそらくそのうち医療の現場から、「これ以上、視聴者や製作者のニーズにはこたえられない」という声もあがるに違いない。そう考えると、この医療ものドラマのブームもそれほど長く続くものではない、と予測しているのだが、どうだろう。また時間がしばらくたってから検証してみたいと思う。