これは2016年7月に起きた相模原市の障害者施設での殺傷事件を受けてのものだが、改正の柱は措置入院患者の退院後のフォローアップ体制の強化だ。措置入院は自分や他人を傷つける恐れがあると医師が判断した場合、都道府県知事(または政令指定都市市長)の権限と責任において強制的に行われる入院である。
この改正に関して、一部では措置入院の機能そのものの強化(予防拘禁化や入院期間の延長)につながるのではないかと危惧する声もあったが、それは回避できたようだ。ただ、退院後の支援計画作成を自治体に義務づけるなどの「退院後の支援強化」が、結果的には「監視強化」を意味するとして、当事者や家族の団体や識者、野党は反発している。
では、「監視強化」とはどういうことなのか。
精神科医の斎藤環氏は、この3月にラジオ番組に出演してこの問題をきかれた際、「明らかに精神医療を治安対策の道具に使おうとしている」と言い、次のような内容を話した。
「退院後の『支援』と称しているが、『監視』としか思えない内容であり、非常に問題。たとえば、措置入院の患者さんが退院後に引っ越しした場合には、自治体ごとに情報を共有するという、プライバシーに抵触するような項目も含まれている。まさに障害を理由として人権を制限するようなことが明記されている」(03月27日放送TBSラジオ「荻上チキ・Session-22」)
この「引っ越した後も自治体ごとに情報を共有」というのは、今回の障害者施設殺傷事件の被告人が、事件を起こす5カ月前に居住先の相模原市の病院に緊急措置入院となったあと、本人が「退院後は八王子市に住む」と言っていたため、同市では支援を継続せず、また八王子市に情報提供も行わず、結果的に通院が中断したことを受けてもうけられた項目だ。しかも、本人は八王子市ではなく元の相模原市に居住し続けていた。いずれにしても地域からの支援はまったく受けられなかったわけだ。今後はそういうことを防ぐために、措置入院中に地域と医療関係者で検討チームを作り、退院後の医療・生活の支援計画を立て、もし本人がそこの自治体から転出するときは“申し送り”を行って継続的に支援を受けられるようにする、というものだ。
一見、「手厚い支援を受けられるようにするのだから良いことではないか」と思う人もいるかもしれないが、斎藤氏が指摘するように、ここには重要なプライバシーへの抵触や人権の制限の問題がある。たとえば重症のうつ病で自殺をほのめかし、実行のそぶりをしたために、「自傷のおそれあり」として措置入院になったとしよう。そして治療の成果があって、無事に措置解除となって退院した。しばらくは地元で支援を受けながら治療を継続していたが、すっかり元気になったので心機一転、別の県に移って就職しようと考えた。「もちろんそこでも病院には通います」といまの主治医に話したところ、「あなたの情報はすべて今度住む町の役所に伝え支援計画が継続されます」と言われた。「もう“ふつうの”通院者として扱ってほしい。措置入院者であったことは引っ越し先には知られたくない」と言ったが、「法律によってそれはできません」との返事だった…。
実際に「退院後の支援計画」や「自治体ごとの情報の共有」がこのように進むかどうかはまだ明らかではないが、いずれにしても、一般の精神科通院患者よりはかなり踏み込んだ介入が行われ続けることになるのはたしかだ。
障害者施設殺傷事件の被告人はたしかに措置入院経験があったが、はたして退院後の自治体での「支援」がなかったから事件は起きたのか。「そうではない。これは精神医療の問題ではなく、弱者をターゲットにしたヘイトクライムだ」という声もある。精神疾患の人たちが無意味な監視、プライバシーへの介入を受けることになり、一方で社会的弱者の排除を叫ぶ差別煽動者たちの街宣やデモはなくならない。これはまさに本末転倒としか言いようがない。