筆者の母校である東京医科大学で、大規模な入試不正が行われていたことが発覚した。
発端となったのは、私立大学支援の一環である「研究ブランディング事業」をめぐり、現職の文部科学省の局長が受託収賄容疑で逮捕されたことだった。局長は東京医大が同事業に選定されるように便宜を図った見返りに、今春(2018年)の入試で自分の息子が合格するよう、点数操作をしてもらったのだ。
その後の調査と報道で、入試不正はこの一件に限らないことがわかった。女子と3浪以上の男子の入学を抑える目的で一律に得点調整が行われたり、同窓生などの子弟複数名に加点が行われたりしていたのだ。
内部調査を行った委員会の弁護士は記者会見で、この背景に「同窓会のプレッシャー」「女性は年齢を重ねると医師としてのアクティビティが下がるという考え」があったと述べている。
この中でもとくに問題なのは、「女性はアクティビティが下がる」との考えから、少なくとも10年以上にわたって、合格者に占める女子の割合を下げるための機械的操作が行われてきたことだろう。
私はこの話を聞いて心の底から驚いた。まずは、医師を目指す受験生を「男子」「女子」と性別で分けて選考しようとする、という価値観の古さに驚愕した。はるか昔、個人的な話になるが、私がこの大学を受験したときには「とにかく合格しなくては」の一心で、「自分は女性だから、将来こういう科に進もう」などと考えたことはなかった。入学した後も、医学部はほとんどの授業が必修で実習が多く、さらに進級も厳しかったので、大げさに言えば自分の性別を意識する余裕もなく、日々の課題をこなすのが精いっぱいだった記憶しかない。もし当時、大学当局から「この人は女子学生だから将来は医療を離れようと考えているのではないか」という目で見られていたとしたら、とても悲しく悔しいことだ。同級の女子学生にしても同じだろう。
さらに、私は同窓生としてあるいは一臨床医として、東京医大や同大学病院にかかわる機会もときどきあり、最近は若手女性医師の増加や活躍が目覚ましいことも、また主に出産や育児で現場を離れた女性医師のための相談窓口や「キャリア・復職支援プログラム」が設けられているのも知っていた。そのことから「母校は女性医師を応援する大学なのだ」と思い込んでいただけに、よけいに大きなショックを受けた。
すでに多くの人が指摘しているが、もしも実際に女性医師が育児などで離職しがちだったり、専門の科を選択する際に当直などが少ない科を選んだりしている、という事実があるのだとしたら、それは本人側の問題ではない。ワーク・ライフ・バランスが重要視されるこの時代に、子育て中の女性が就業を継続しにくい職場環境のほうに問題があることは明らかだろう。
昨年(17年)、政府の働き方改革実現会議が「働き方改革実行計画」を公表したが、医師に関しては時間外労働の罰則付き上限規制の施行に5年の猶予が設けられた。また、2年間をめどに「質の高い新たな医療と医療現場の新たな働き方の実現」を目指す方策について検討するとされ、これを受けて厚生労働省が「医師の働き方改革に関する検討会」を設置した。この2月には中間取りまとめが出たが、「女性医師等の両立支援」の項を見ると、「男女双方にとっての、ワーク・ライフ・バランスの実現が必要不可欠」「出産・育児等と医師の業務を両立し、キャリア形成できるようにするための支援方策として、短時間勤務等の多様で柔軟な働き方、宿日直・時間外勤務の調整等を推進するべき」といった論点が記されている。
もちろんそれらは重要なことであり、具体的な取り組みに向けて一歩が踏み出されただけ前進とは言えるのだが、「今さらそんな基本から確認しなければならないのか」とあまりに遅きに失している感もある。しかも、ここで提言されたことが実行されるまでには、まだ3年以上かかるのだ。
働き方改革が必要なのは女性医師に限ったことではない。これまで医療の現場は、時間も体力も気にしない、医師の超人的な働きによって支えられてきた面があることは否めない。実際に私が若い頃も、日中は大学病院で診療、夜はその足で市内の民間病院に赴いて当直をこなし、翌朝そこから大学病院に出勤という毎日で、帰宅できるのは週に半分あるかどうか。30代で勤めた民間病院はさらに人手不足で、あまりに家に帰らないため、マンションの管理人や近所の人から不審に思われて退去を促されたこともあったほどだ。そのような状況は、男性医師も同様であった。
しかし、「それはおかしい。女性医師が出産し、子育てをしながらも仕事を続けられる職場であるべきだ」「男性医師だってもう少し人間らしい生活がしたい」という声がようやく現場から上がり始め、先述したように少しずつではあるが改革が進んでいる。
今回の入試不正問題で、東京医大が失った信頼がいつ、どのように回復するかは、まったく見通しが立たない。ただそれとは別に、過酷な医療現場での働き方を見直すスピードが上がり、女性医師も男性医師も、医療の仕事と出産や育児などとのバランスを取りながらキャリアを築いていけるよう、人びとの意識と制度が変わることを望むばかりである。
医師が“人間らしく”働ける日は来るのか?
(医師)
2018/08/10