暗転した場内に大音量でサイレンが鳴り響く。スモークが焚かれる中、入場口から真っ白なスポーツカーが入ってきた。「スーパーカー」の代名詞ともいわれたランボルギーニ・カウンタックだ。70年代後半に日本で起きたスーパーカーブームを牽引したカウンタックの製造は、1990年でいったん終了した(2021年に限定モデルが復活)。しかしその名前やデザインは、当時子どもだった人なら誰もが知っているだろう。
その日、跳ね上げ式のシザーズドアを両翼とも開け放ったカウンタックは、ゆっくりと札幌ドーム場内を半周してメインステージに近づいて行った。現在の市場価格は1億円ともいわれる1984年式のLP5000Sというモデルを運転していたのは、プロ野球・日本ハムファイターズの新監督に就任した新庄剛志氏であった……。
これは、2021年11月30日に行われたファイターズのファンフェスティバルの一幕である。当日、使用された車は北海道に拠点を置く中古自動車買取会社から貸し出されたものだが、車好きで知られる新庄監督は、以前、実際にカウンタックを所有していたこともあったという。なお、この白いカウンタックはその後、札幌にある同社のショールームに展示され、「ビッグボス(新庄監督のニックネーム)が乗った車」を一般の人たちも間近で見られるようになっている。
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札幌でのイベントから約2週間前、11月18日には、スウェーデンの自動車メーカー「ボルボ・カーズ」日本法人が、22年1月から日本でSUV(多目的スポーツ車)タイプの新型電気自動車「C40 Recharge」を発売することを発表した。2030年までにすべての新規販売車両を電気自動車(EV)にすると宣言しているボルボは、このSUVでも環境に配慮したさまざまな工夫をこらしているのと同時に、ボルボ車でははじめて内装に皮革を使わない「レザーフリー」仕様を取り入れている。
さらに特徴的なのは、1月からの販売に先立って「サブスク」の募集が行われたことである。一定期間定額課金を意味する「サブスクリプション」を省略したサブスク型のサービスは、すでに音楽配信や電子書籍などクラウドベースのコンテンツ分野で定着しつつあるが、自動車のサブスクとは何だろう。ボルボ日本法人によれば、月額料金11万円を支払えば車体を利用できるだけではなく、税金や車両保険、メンテナンス費用などもカバーされるということで、従来のリースと内容的には大差はないように見えるが、同法人のパーソン社長は「クルマには乗りたいが、所有したくないと考える人に向けたサービス」とそのコンセプトを語る。そして、11月末まで100台限定でサブスク募集キャンペーンを行ったところ、応募は限定台数の6倍近くとなる575件に達したと発表された。
「月額11万円」をどうとらえるかは人によって異なるだろうが、決して小さな金額とはいえない。毎月それだけ出せるなら、購入して分割払いにすることもできるだろう。しかし、先のパーソン社長の言葉通り、サブスクへの応募者の中には単に経済的に得だからという理由によってではなく、「クルマを所有したくないから」という理由でそうした人も少なからずいるのではないか。
あっと驚くデザインのスーパーカーを大枚をはたいて購入し、所有することがステイタスであった1980年代。
“エコ・フレンドリー”な電気自動車を使用はしたいが所有はしたくないから、サブスクに申し込むという2020年代。
モノに対する価値観は大きく変わった。というより、やや大げさにいえば、モノそのものの価値が変わりつつあるのかもしれない。モノは存在するもの、所有されるものから、存在しないもの、所有されないものへと変質を遂げつつあるのだ。
モノは消失しようとしている。
しかし、消失しようとしているのはモノだけではない。ヒトも消失しようとしているのである。
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10月28日、米フェイスブックは社名を「メタ(Meta)」に変更したことを発表した。同社の最高経営責任者であるマーク・ザッカーバーグ氏によれば、同社では今後、SNS事業に加えて「メタバース」構築事業の拡大が予想されるため、それに2021年だけで少なくとも約100億ドル(約1兆1000億円)の投資を行うとともに、社名を変更したという。
改めて説明するまでもないだろうが、「メタバース」とはオンライン上の共有型仮想3次元空間のことである。たとえば、人気ゲーム『あつまれ どうぶつの森』もそのひとつといえるが、ネットを介し、多くのプレイヤーがそれぞれに動かすアバター(分身)がゲーム内空間に参加しており、ときには単独で、ときには協調してミッションをクリアしていく。同じようなゲームやシステムは以前からほかにも無数にあった。
ただ、最近になってこの「メタバース」に大きな変化が生じた。VR(仮想現実)ゴーグルを装着することなどによって、キャラクターではなく自分自身としてその空間に参加しているような感覚になれるようになったのだ。つまり、画面越しに仮想現実世界を見たりキャラクターを操作したりするのではなく、自分がアバターそのものとなったかのように、メタバースの中で手足や口を動かして歩いたり話したりすることができる。たとえばそこで音楽ライブが行われていたとすれば、現実と同じような感覚でステージを見上げ、手拍子やダンスができるというわけだ。
フェイスブック改めメタがリリースしている「ホライズンワークルーム」というバーチャル会議室のシステムでは、参加者はCGで作られたアバターを通してテーブルについて会議に参加する。それだけなら従来のオンライン会議と変わりないように見えるが、現実での参加者はVRゴーグルなどのヘッドセットをつけているため、まるで本物の会議室にいるかのように、隣に座った人の声がその方角から聞こえてくる。また、仮想空間の中で、テーブルの上にあるPCのキーボードを使って入力したり、モニターに資料を映したり、ホワイトボードに書き込んだりすることも可能だ。もちろん実際に手を動かしているのは、現実空間にいる自分自身なのだが、VRゴーグルを装着しているために、参加者は仮想空間の中のアバターが手を動かしたりモニターを見たりしている感覚を味わう。
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「仕事にはアバターで参加できるから、もうビジネス用の洋服もいらないし、もちろん化粧や髪のセットも必要ないですよね」
メタバースが生み出すビジネスの未来について大学のゼミで発表してくれた学生は、そう言って言葉をつづけた。
「音楽や本もサブスクのダウンロードですむから、CDや本を収納する棚もいらない。パソコンがなくてもVRゴーグルだけでメタバースに入れるようになりつつあるので、それさえあればどこに行っても仕事やライブ鑑賞なんかができる。家もいらなくなると思いますが、それにあわせて“住まいのサブスク”も生まれつつあるんですよ」