上方落語の大スターです。文珍さんの演目の一つに「新・世帯念仏」というのがあります。その中に、あるお父さんがとっても賢くないダメ息子と会話する場面が出てきます。ダメ息子はフリーターです。
ダメ息子いわく「お父ちゃん、カネって借りると利息払わなあかんねんな。俺、それ知らんかってん」。このダメ息子は、遊ぶカネ欲しさに、サラ金から借金してしまったのです。それを聞いてがくぜんとするお父ちゃんに、ダメ息子はさらに報告を続けます。
どうも、彼はサラ金からカネを借りられることをテレビのコマーシャルで知ったらしいのです。そのCMに、可愛いおねえさんが登場。彼女の映像の脇には、ちゃんと「利子○○%」と表示してありました。それなのに、ダメ息子はなぜ、カネを借りれば利子返済負担が発生することに気付かなかったのでしょうか。それは、彼がCMに出てきた「利子」を「トシコ」と読んだからでした。「利子」を、可愛いおねえさんのお名前だと思ったのです。お父ちゃんは絶句するしかありません。
おかしくも悲しいお話ですよね。ただ、「カネを借りたら利息を払わなあかん」というダメ息子にとっての新鮮な発見も、ひょっとすると、これからは修正を要することになるかもしれません。なぜなら、いまや「マイナス金利」の時代となっているからです。日本銀行も今年の年頭から採用している政策です。
マイナス金利という言葉の意味は、端的に言えば、カネを貯めていると罰金を取られて、カネを借りるとご褒美がもらえるということです。「カネ借りたら、利息もらえるねん」というわけです。
もっとも、マイナス金利政策が導入されても、さすがに、一足飛びにカネを借りると利息がもらえる世界に踏み込むことはありません。日本の場合にも、今のところは、民間の金融機関が日本銀行に預けているカネの一部に罰金(手数料と言い換えてもいいでしょう)が科せられているだけです。この罰金の分だけ、民間金融機関はコストが上がることになってしまいました。
その分を相殺しようとして、彼らはマイナス金利政策の導入とともに、早々に自分たちがお客様に支払う金利を引き下げましたね。ですが、今のところ、まだ、預金金利をマイナスにする、つまり、我々の預金から手数料を差っ引くというところには踏み込んでいません。さすがに、それはなかなか出来ないでしょう。銀行からカネを借りると利息を払ってくれるという状態も、なかなか、今の日本で実現することはなさそうです。
ただし、デンマークなど、ヨーロッパの一部では、中小企業向けの融資にマイナス金利をつける、つまり、カネを借りると利息を払ってもらえるというやり方も始まってはいるのです。
こんな天地のひっくり返り方も、経済的な袋小路から脱出するためには必要な場面もないとは言えません。ですが、こうした非常手段の怖いところは、それが非常手段であることを人々が忘れてしまうことです。
カネを借りたら、利息を払う。それが普通です。ですが、普通でないことがあまり長く続くと、ダメ息子でなくても、カネを借りると利息が発生することを忘れてしまう、あるいは、そもそも知らない人たちが出現するかもしれません。そんな中で、ある時、突然、世の中が普通の世界に戻ってしまったら大変なことになりますよね。それが怖い今日この頃です。