日本って平和なの?
でも、あえて考えてみます。日本って、平和なのでしょうか?
イエスと答える人が、大多数かもしれませんね。日本が長いあいだ、外国と直接戦争をしていないことは、事実です。けれども、日本には多くの軍事基地があり、日本の自衛隊だけでなくアメリカの軍隊もいて、軍備にかける費用は増え続けています。ほんとうに日本が平和なのであれば、そのような費用は減っていくのが自然だと思いませんか。戦争はしていないけれど、戦うための準備を進めている。それが今の日本の状態です。これが平和だとすれば、ちょっと不自然な気がします。
〝いや、そうじゃない。軍隊がいて、兵器も揃っているからこそ、敵から攻撃を受けず、平和が保たれているんだ〟と、答える人もいるでしょう。つまり、防衛の体制を整えることが、平和のためには重要だ、と考えるわけですね。それも一理あるのかもしれません。では、この問題について、内村さんの意見を聞いてみましょう。わたしなりにかみ砕いたことばで説明します。
〝世の中には、ヘンテコな考えがたくさんあるけれど、軍備は平和の保障だ、という考えほどヒドイものはない。軍備は平和を保障しない。戦争を保証する〟※3
とてもシンプルですね! 工業の発展とセットになった軍事力の強化。それが日本の近代化の原動力でした。その結果として、日清戦争が起こったのを目撃していた内村さんには、平和のための軍備なんてウソに二度と騙されないぞ、という思いが強かったはずです。
それでも、〝戦争に備えながらも、それぞれの国がお互いを攻撃しないでいるなら、平和だと言える〟と考える人もいると思います。これに、内村さんはどう答えるでしょうか。またかみ砕いて書きます。
〝平和は、剣をさやに収めるだけでは訪れない。永遠に続く平和は、好意から出てくる。敵を敬い、敵に利益と権利を認めることから、出てくるんだ〟※4
内村さんは、武器を使わないことイコール平和ではない、と言い切っています。さやに収められた剣は、いつかまた、敵を斬るためにひき抜かれるに違いない。そう確信していたのですね。その上で、それを避けてほんものの平和を実現するには、敵への好意が必要だ、と考えていたのです。
〝国と国の争いの解決のために好意が必要なんて、こどもっぽい考えじゃない?〟そう感じる人も多いと思います。内村さんは本気でそう言っていたのでしょうか。その真意を探りましょう。
絶望して、戦争に向かう人類
まず、ちょっと不気味な文章を紹介します。
〝人類のうちの多くの者が、生命を愛していない。人間の世界に絶望して、いつも死ぬことを考えている。それで、他人を殺して、自分も死のうと思う。これが、多くの人々が戦争を支持する理由なんだ。世の中に絶望している人がこんなに多くては、戦争をしたがる声はやまないだろう。もし、生命のほんとうの価値がわかれば、人類はすぐにでも戦争をやめるだろうに〟※5
「戦争を好む理由」という短い文章のほぼ全体を、わたしなりにかみ砕きました。内村さんがこれを書いたのは、1903(明治36)年、ロシアとの戦争を望む意見が、日本で高まっていた時期でした。
戦争は、国と国のあいだの意見の対立がもとで起こるもので、戦争は政治の問題なんだと、ふつうは考えますよね。でも内村さんは、政治に直接関わっていない個人の心のありように、戦争の根深い理由を見つけ出したのです。この国には、絶望している人間、死にたがっている人間がたくさんいる。だから戦争をやめられないんだ、って。
でも、しばしば飢饉や伝染病に苦しんでいた当時の人々が、生きるために必要な行動をおろそかにしていたはずはありません。毎日を精一杯生きていた人が、ほとんどだったはずです。それなのに、日本の人々に向かって、じつはあなたたちは死にたがっているんだよ、と語ったのです。
※1
AINは、Athlètes Individuels Neutresというフランス語の略です。
※2
西村章『スポーツウォッシング なぜ〈勇気と感動〉は利用されるのか』集英社新書 199頁
※3
「世界の平和は如何にして来る乎」(『内村鑑三全集』18巻、岩波書店)234頁
※4
「戦時に於ける非戦主義者の態度」(『内村鑑三全集』12巻、岩波書店)153頁
「剣(つるぎ)を鞘(さや)に収めることが永久の平和ではありません、言ふまでもなく平和とは好意より出た者でなくてはなりません、(中略)永久に継ぐべき平和は敵を敬し、其適当の利益と権利とを認めてやるより来る者であります」
※5
「戦争を好む理由」(『内村鑑三所感集』鈴木俊郎編、岩波文庫)95頁
※6
『余は如何にして基督信徒となりし乎』鈴木俊郎訳、岩波文庫 131頁
「慈善の要求するものは完全な自己犠牲と全部的の自己没却であるが、余がその要求に自分自身を合致させようと努力するなかに、余の生来の利己心はそのあらゆる怖しい極悪の姿をもって余に現された、そして余自身の中に認めた暗黒に圧倒されて、余は意気消沈し、言うべからざる苦悩に悶えた」