米国のニュースは連日、大規模な移民キャラバンの動きを報じている。数年前まで「世界一殺人事件発生率が高い都市」として知られたホンジュラスのサン・ペドロ・スーラを10月13日に出発し、米国を目指して北上し始めた集団は、メキシコに着く頃には5000人を超える規模になっていた。あとには第2、3、4、5陣が続いている。旅の安全を確保し移住を成功させるために、目立つキャラバンが組織されたといわれるが、中米からの移民は、これ以前から増加していた。
押し寄せる中米移民
「今年は、移民危機と言われた14~15年に劣らない勢いで、ホンジュラス、エルサルバドル、グアテマラから移民が押し寄せている。恐らく20万人には達するだろう」
メキシコの人権団体「フライ・マティーアス・デ・コルドバ」のスタッフ、サルバがそう話したのは、10月3日のことだ。メキシコ南東部、グアテマラとの国境に近い町タパチューラにある彼らの事務所には、毎日のように移民 が訪ねてくる。その大半は、祖国を支配する麻薬犯罪組織や若者ギャング団「マラス」による暴力を逃れ、メキシコで難民申請を希望する人々だ。現地紙によると、一番多いホンジュラス人の申請者は、14年に1000人強だったのが、17年には4000人以上に跳ね上がり、今年は9月時点ですでに6000人を超えている。そこへ「移民キャラバン」が到着し、難民総数は過去最高になるだろう。移民の総数も、予想をはるかに超えることは間違いない。
タパチューラには、国家移住庁(入国管理局)が持つ最大の「移民施設(勾留センター)」がある。収容可能人数1000人の所に1600人以上の移民がいることもあると、サルバは言う。
「環境? まあ、メキシコでは “平均的”、刑務所とさほど変わらないね」
そこには、ただ強制送還されるのを待つだけの人もいる。
「だから僕たちは、巨大な勾留センターを週2回、近郊の小さな勾留所なら週1回訪れて、難民申請手続きの支援をしているんだ。僕は今500人ほどを担当している」
タパチューラから北西にのびる国道沿いには三つの一時勾留所があり、加えて町の西には、メキシコ家族総合開発機構(DIF)が運営する未成年の移民のための施設が建つ。そこには少年少女100人超が収容されているという。
中米で最も大勢の移民をメキシコへ送り出しているホンジュラスの政府は、「我が国の治安は最悪の時期を脱した」と発表し、「世界一危険な都市ランキング」のトップ10の常連だった首都テグシガルパとサン・ペドロ・スーラは、その定位置から姿を消した。にもかかわらず、なぜまた大量の移民がメキシコへ押し寄せているのか。サン・ペドロ・スーラで貧困層の青少年を支援するNGO(非政府組織)を率いる友人は、「治安回復」は現政権によるマスコミを使ったプロパガンダにすぎず、今も毎日のように子どもや若者が死んでいる、と訴える。
「そもそも現政権自体が、不正選挙で樹立された受け入れがたい存在です」
17年11月の大統領選挙では、野党候補の票が伸びる中、集計コンピュータシステムがダウンし、復旧したら、結果が逆転していた。再選されたフアン・オルランド・エルナンデス大統領は、最新設備の刑務所を新設し、収監中のマラスメンバーの動きを封じ込めつつ、その殲滅(せんめつ)に力を注ぐ。それが、かえってマラスをより凶悪化している。「この国一番の雇用提供者は麻薬犯罪組織とマラスらギャング団だ」と言われる現実を前に、人口の約6割を占める貧困層は、ますます追い詰められている。
あらゆる意味で命の危険にさらされている人たちは、決死の覚悟で「北」を目指す。エルサルバドルやグアテマラの人も同様だ。トランプ政権が米国へ不法移民が入国することを拒否しているため、彼らは麻薬犯罪組織と連邦警察、政府軍、三つ巴の戦いにより過去12年間に25万人以上の死者を出したメキシコに、安住の地を求めるしかない。
「事実上の米国国境」の素顔
メキシコのペニャ・ニエト政権は、14年7月から、押し寄せる移民への対応として「南部国境プログラム(Programa Frontera Sur)」を実施し、「移民の総合的なケア」を謳う。ところが、その実態は、軍や警察を使って不法移民をメキシコ南部で拘束し、追い返すというものだ。トランプ政権が誕生してからメキシコ政府は、グアテマラとの国境での不法移民取り締まりを、一層強化した。おかげで、米国の国境警備隊に拘束される移民の数は激減し、逆にメキシコから強制送還される移民が急増した。
「ここ(メキシコ・グアテマラの国境)は、事実上の米国国境なんだよ」
サルバは、移民拘束のために動く警察や入国管理局の活動に、米国の国土安全保障省の人間が関与していると、話す。ドナルド・トランプ大統領は、「移民キャラバン」への対応として米墨国境に米軍を送り込んでいるが、それ以前に、メキシコ政府に圧力をかけ、移民の波を「南」で食い止めようとしている。
サルバら人権団体のメンバーや国際連合難民高等弁務官事務所(UNHCR)のように、移民の人権を守ろうとしている人たちは、何とか移民の安全を確保しようと奔走する。
10月最初の木曜日、私とフォトジャーナリストの篠田有史は、サルバと共に、問題の国境へ向かった。メキシコ側の国境の町、シウダー・イダルゴの市役所前に車を駐め、国境に流れるスチアテ川まで数ブロック歩く。そして、川沿いに作られた高い土手に上がると、目の前にスチアテ川の穏やかな流れと、対岸のグアテマラの緑の森と山々が広がった。それは、のどかで美しい田舎の風景で、緊迫感は感じられない。川には、大型タイヤと板で作られた筏(いかだ)が幾つも浮かび、それぞれ4〜5人の客と食料品、衣類、日用品などを乗せて、ゆっくりと対岸(グアテマラ)へ進む。私たちも土手の下にある渡し筏乗り場へ向かった。
「おはよう」
サルバが、川岸に浮かぶ筏の船頭と挨拶を交わす。長い竿を手にした中年の船頭が、客が増えるのを待っている。船賃は一人25ペソ(約150円)だ。二人連れが乗りこみ、客が5人になると、いよいよ出発。最後に乗ったのは、メキシコへ買い物に来ていたグアテマラ人だ。
川は、真ん中を除けば流れがとても緩やかで、岸を離れる時は、船頭の相方が水に入って、筏に取り付けた縄を引っ張りながら、川中へと導く。