教育格差の拡大を抑えるために、テレビ授業「家で学ぼう」を広めたメキシコ。だが、インターネットが欠かせない場面もあり、また独自の言語で生活する先住民のように、テレビを観て“家で学ぶ”こと自体が難しい子どもたちもいる。学校に行けないことがもたらす問題は、複雑だ。
教師たちの試行錯誤
「現在、全校生徒402人のうち、約75パーセントが、オンライン授業を含む、すべての授業に参加しています。しかし、残りの子どもたちはインターネットにアクセスすることが難しいので、たまにオンライン参加するか、あるいは教科書とテレビ授業だけで、自宅学習をしているんです」
首都メキシコシティの隣、メキシコ州の有名なスラム地域にある公立中学校の校長ケニヤ・ロペスは、少し心配そうな表情でそう語る。メキシコでは、コンビニで働くにも中学卒業の資格が最低限必要なので、中学へ進学した子どもたちがきちんと卒業できるかどうかは、重大な問題だ。特に3年生は、今年度の学習がその後の人生に響く可能性が高い。
「成績上位の勉強熱心な子たちは自らすすんで学びますが、そうではない子たちには細かい指導が必要です。特に、学校へ通っている時と同じような生活のリズムを作ることが肝心なんです」(ロペス校長)
そのために、時間の使い方をアドバイスし、オンライン授業の時間割も工夫していると言う。
「例えば、1年生のテレビ授業は、最初が朝10時半からなので、その前の時間帯にその日学ぶ教科の予習をやって、それからテレビ授業に移行できるようにしています。2年生は、朝7時からがテレビ授業なので、終わった直後の11時から復習を行います。そうやって、授業参加と予習復習、というリズムを維持できるようにしているんです」(ロペス校長)
加えて、宿題の出しすぎにも注意する。リモート教育になって以降、教師は自分の生徒が十分な学びを得ているかどうかを気にかけるあまり、確認手段として宿題を多く出すようになったからだ。子どもたちにとっては、ふだんよりも多くの宿題をクラスメートや誰かに相談する機会がない中でこなすのは、大きなストレスの原因となる。
「情緒不安定になる生徒が出てきたんです。それで、先生方には量を減らしてポイントを絞った形で、その週全体の学びを確認するような総合的な課題を出すようにお願いしました」(ロペス校長)
初体験のリモート教育に奮闘し続けているのは、小学校の教師たちも同様だ。
「私の学校では今、教師はほぼ24時間仕事をしているようなものです」
そう話すのは、同じメキシコ州の貧困地域で、公立小学校の教頭を務めるアンヘリカ・ゴンサレスだ。
「子どもたちの中には、親が夜遅くに帰宅してからスマートフォンを借りて宿題を送ってくる子もいます。教師の手元に宿題が届くのは、夜中になるんです。それを早く評価して返そうと思うと、遅くまで働くことになります」(ゴンサレス教頭)
貧困家庭の間では、自分の自由に使えるスマートフォンを持たない子が多い。
「朝は、担任クラスの子どもたちがテレビ授業を受ける時間に合わせて、彼らと作っているSNSのグループに参加します。同じ番組を観ながら、チャットで呼びかけたり、質問に答えたりするんです。子どもたちがテレビ授業の内容を身につけられるよう、サポートするためです。教育を受けた経験の少ない親には、子どもがわかるように説明するのが難しいので、教師はその日学んだ複数の教科の学習ポイントを結びつけ、できるだけ1つの宿題にまとめて出すようにしています」(ゴンサレス教頭)
例えば、算数と国語と理科の授業でそれぞれ、1から50までの数字、大文字と小文字、肉食動物と草食動物について学んだとする。その場合、「あなたの家の周辺には動物が何匹いますか? そのうちのいくつが肉食で、いくつが草食ですか? あなたが大切にしている動物の名前を大文字で、種類を小文字で書いてください」といった宿題を出すのだ。
「すべてが関連づけられた具体的な課題を出すことで、子どもも親も苦労せずに取り組めます」(ゴンサレス教頭)
教頭であるゴンサレスは、校長らとともに教師と児童、全員のサポート役となっている。
「私たちは、宿題を提出しなかった児童一人ひとりに電話をかけ、元気かどうか、何か助けが必要かどうかを尋ねます。家にスマートフォンもテレビもない子にはプリントを作り、親に学校まで取りに来てもらいます」(ゴンサレス教頭)