ディアナの言葉に、悲痛な思いがにじむ。もし彼がふだん通りに学校へ行けていたなら、その命は失われずにすんだのではないか。
子どもを支える
メキシコで保育園・幼稚園から高校まで、すべての教育機関が休校になった2020年3月下旬から、まもなく1年がたつ。SEPは今年から、テレビ放送やインターネットへのアクセスが困難な地域の子どもたちのために、新規参入の携帯電話会社の協力を得て、彼らがスマートフォンで授業を観られるように無料データ通信サービスを始めた。2年以内には、全国でインターネットが使えるようにするという。
そんな中、ディアナをはじめ、貧困家庭を支援するNGOで働く友人たちは、今「街では前より路上で子どもの姿が目につく」と、危惧している。家で勉強に励むよりも、道端でお菓子を売り歩いたり、露店の手伝いをしたり、一芸を披露してチップを求めたり、何かしらの仕事をして日銭を稼ぐことを優先する子どもが増えているというのだ。
裕福な家庭の子どもたちは、自粛生活にストレスを感じながらも、自宅でオンライン学習を続け、オンラインでの習い事やイベントなどに参加して、コロナ禍での生活をそれなりに楽しもうとしている。一方、経済的に貧しい家庭の子どもたちは、困難の中でも学び続ける努力をしているが、その闘いから脱落してしまったり、諦める寸前の状況に追い込まれたりしている子も多い。それは、単にテレビ授業が観られるか、オンライン授業に参加できるか、宿題をSNSでやりとりできるかという問題ではない。生活がこれまで以上に苦しくなり、家庭環境が劣化している現実が、深刻な生存に関わる「命」の問題を生み出し、子どもを追い詰めているのだ。
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メキシコは、パンデミック下で教育格差が拡大しないよう、全学年でテレビ授業を実施するという壮大な挑戦に打って出た。教師の約7割はテレビ授業を評価しているという調査結果もあり、その取り組みは、数々の問題を抱えながらも一定の成果をあげている。これまでみてきたように、現場の教師や子どもたちの親、ディアナのような周りの大人たちが、幅広い層の子どもたちの「学び」を支えてきた努力の結果だといえるだろう。そうした大人たちの存在は、コロナ禍で悪化するメキシコの社会・家庭環境の中で、苦しんでいる子どもたちの「命」をも支えている。