東京都内にある浄土宗の2つのお寺、見樹院(文京区)と寿光院(江戸川区)は、地域の人々が、つながりの中で健康で平和な暮らしを営み、共生、協働することでよりよい社会を築いていくための場を創り続けている。
国際協力で見た市民の力
見樹院と寿光院の住職を務める大河内秀人さん(64)は、20代の頃、浄土宗東京教区青年会(東京都内430のお寺の43歳以下の僧侶が会員)の事務局長として、ユニセフ(国際連合児童基金)への募金活動をしていた。その募金で乳幼児死亡率を下げるための事業が実施されていた、アジアの最貧国と呼ばれたブータンや内戦下のカンボジアに足を運び、こう痛感する。
「現地のことは、実際にそこへ行ってみないとわからない、現場の声を聞かないとわからないものだ」
極度な貧困に苦しんでいると思っていたブータンで出会ったのは、質素な暮らしの中でも自宅の1階で家畜を飼い、2階を住居とし、3階で干し肉を作って「幸せそうに」(大河内さん)生きる家族だった。
内戦により国が荒れ、多くの難民を抱えていたカンボジアでは、東西冷戦下で共産主義勢力に対抗しようとする資本主義諸国の論理が先に立ち、国際社会からの支援に現地の声が十分に反映されていなかった。
「国際協力では、本来、まず現場の声を聞いて現実を正確に捉え、起きている問題の構造を理解した上で支援の方法を考えるべき。それはまさに、お釈迦さんが最初に説いたことに通ずるものです。まずは苦しみと正面から向き合い、苦しみの原因や構造を見極める。そして、その苦しみが取り除かれて平安な状態になるイメージを持って、そこへ向かう正しい道を選択していく。それが大切だと再認識しました」
カンボジアの難民支援には、国際機関と日本を含む各国のNGOが関わっていたが、大河内さんは特にNGOの活動に感銘を受ける。
「一市民として現地の人たちとつながって動くNGOのスタッフは、住民参加と地域の自立を目指す支援をしていました」
この体験をきっかけに、カンボジアやパレスチナなどで活動する日本のNGOに関わるようになる。
「NGOのように、人のつながりをベースにして各国の市民社会を結びつけていく活動に、大きな意味を見出したんです」
日本においても、住民同士の協力を促し、市民の力を育てることが重要だ。そう確信した大河内さんは、やがて地元でも、コミュニティづくりや市民活動に取り組むようになった。
寺は「共」の世界
300年以上の歴史を持つ見樹院(文京区)は、2010年、建て替えにより、集合住宅(14世帯)を含む複合施設の伽藍「スクワーバ見樹院」として生まれ変わった。
「ここはエコ・ヴィレッジなんです」
と、大河内さん。寺は普通の住宅のような玄関を持ち、シンプルな木造建築が美しい集合住宅と一体化している。そこではできる限り、雨水や自然エネルギーが利用されており、屋上には菜園もある。
土地は見樹院のものなので、住宅は100年の定期借地権を設定した分譲住宅になっている。そうすることで分譲価格が抑えられ、土地も投機対象とならない。300年は保つ天然住宅(できる限り化学物質を使わない、国産木材の家)のため、契約期間が満了となったら、住人は建物を土地所有者である寺に無償譲渡する契約で、通常の分譲住宅のように自費で更地にして返さなくていいので、解体積立金も要らない。
「ヴィレッジ」と呼ぶのは、寺と住宅の建物、その住人や周りの人たち、すべてが1つの「共同体」を形成しているからだ。建設事業自体、寺の檀家など見樹院に関わる多くの人たちが発案し、見樹院と入居予定者が構成する「建設組合」によって計画、実施された。設計から管理の方法まで、住民が意見を出し合い決めていったのだ。住民同士の関係性が豊かになり、皆が安心して暮らせるコミュニティが形成された。
「ここの4階にはゲストルームがあり、出産の手伝いに来た母親が滞在したり、震災後には気仙沼から避難してきた人にいてもらったりしたこともあります。住民会議はいつも、お寺で開いています。本堂は、子どもの反省部屋です」
と、大河内さんは笑う。
本堂では、講談やコンサートなどの文化芸術行事も開かれる。寺が共同体の中心となり、人々が集う場を提供し、新たな結びつきと信頼の文化を育てている。
「もともとお寺というのは、『共』の世界なんです。日本では、『公共』の公ばかりが強く、共が弱い。お寺が社会に開かれた場を創り、共の力、つまり市民社会を育んでいくことが、未来を支える力になると思うんです」