大河内さんの思いは、自身が住職を務める2つの寺を通じて、具体化されていく。見樹院には、北インドのチベット文化圏・ラダックとの国際協力・交流を行うNPO法人「ジュレー・ラダック」の事務所も置かれ、市民の社会活動の拠点となっている。見樹院以上に、NGOやNPOとの関わりが深いのは、江戸川区にある寿光院だ。
市民主体で社会を変える
寿光院も、見樹院と同じく300年を超える歴史ある寺だが、現在の伽藍は1999年に建てられたモダンな建築だ。チベット仏教の寺をモチーフにしているというが、正面の丸いステンドグラス風の飾りは教会のような雰囲気も感じさせ、信仰に関わらず誰もが受け入れられる空気が漂う。敷地の片隅には古い家が建っており、住む場所に困った移民などのためのシェアハウスとして利用されている。「大乗仏教はすばらしい」と話す米国人のトムさんがそこに暮らし、翻訳・通訳の仕事をしながら、管理人を務める。
寺の屋根には、太陽光パネルが並ぶ。大河内さんが地域の仲間と設立し、理事を務めるNPO法人「足元から地球温暖化を考える市民ネットえどがわ(以後、足温ネット)」が、1999年の竣工当初から設置したものだ。足温ネットの活動は、1997年12月に京都で開催された「気候変動枠組条約第3回締約国会議(COP3)」に向けて、市民が主体的に地球温暖化対策に取り組むべきだと考える住民が集まり、始まった。
大河内さんは言う。
「途上国では、国際協力の名の下に、庶民がより貧しくなるような投資や環境破壊が行われてきました。先進国が推し進める経済開発が、農村と都市の格差を拡げ、不公平で非民主的な社会を生み出し、あらゆる場所で自然を破壊してきたんです。その結果として生まれている温暖化問題は、私たちが足元から取り組むべき課題だと思いました」
足温ネットは、まず、区内に多くある自動車解体業者で、カーエアコンを解体する際に出るフロンガスを回収することを考える。
「区長にも話をすると、私たち市民が言いはじめたことが、最終的には区の事業になったんですよ」
と、事務局長で寿光院の檀家総代も務める山﨑求博さん(53)が、微笑む。
事業の成果は、COP3でも発表された。その後も、節電のために冷蔵庫を買い替える資金を無利子で貸し付けたり、市民が自ら出資する太陽光発電所(市民立発電所)を造ったりと、温室効果ガスの削減を地域レベルから実現していこうと活動を続ける。
その一方で、途上国の子ども支援を続けていた大河内さんは、もう1つ、地域の課題に気づく。
「私がアジアの子どもたちへの支援を始めた頃、国連で『子どもの権利条約』が起草され、1989年に採択されました。この制定過程や様々な議論を見てきた中で、途上国での紛争や貧困、環境破壊に苦しむ子どもだけでなく、日本におけるいじめや管理教育、援助交際などの問題も『子どもの権利条約』の理念によって救われるはずだ。そう感じて、身近な地域でも、子どもの権利が尊重される社会を創っていこうと考えたんです」
そこで仲間と立ち上げたのが、市民グループ「江戸川子どもおんぶず」だ。その活動拠点は、寿光院の所有地に建つ空き家を利用した「松江の家」(松江地区)。市民立発電所の太陽光パネルをリニューアルする際に取り外したパネルと中古のバッテリーを組み合わせ、電力会社からの供給を受けずに電力を賄う、オフグリッドのモデルハウスだ。そこでは、大河内さんを含む10人ほどのメンバーを中心に、子どもの居場所づくりや、子どもの権利条約の普及のためのワークショップなど、いろいろな活動が展開されている。
「2001年末に、チャイルドラインをやることから始まったんです」
と、中心メンバーの1人、青木沙織さん(43)。電話で子どもの声に耳を傾けることから始まった活動は、地域の子どもたちともつながり、その声を様々な形で表現する機会を生み出していく。そして、大人と子どもが一緒に、子どもの権利が尊重される持続可能な社会をどう創っていくかを考え、行動するための地盤を築いてきた。
「私たちが目標として掲げてきた『江戸川区子どもの権利条例』が、昨年やっと制定されました。その過程において、区主催の中高生から意見を聴くワークショップを任されたんです。20人ほどの中高生が参加してくれて、2回開催しました。そこで上がった声を反映する形で条例ができたので、今度はどうやって周知していくかを考えているところです」
青木さんは、楽しそうにそう話す。