「東部へ旅するなら僕の電動バイクを貸してあげるよ。ただし、一度の充電で60キロしか走らないけどね」
自営の自動車修理工として働く友人(31)は、そんなジョークを飛ばした。
ソ連・東欧社会主義圏崩壊以降のこの国の再建のための変化は、とてもゆっくりしている。すべてを国が取り仕切っていた80年代以前に比べれば自営業を営むことや外貨所持・使用の解禁、観光開発などの経済改革自体が「変化」だが、その変化も人々が期待したほどの成果をもたらしていない。自営業者が増えたとはいえ、国家による統制は依然として強く、同盟国への経済的依存度が高いことも変わらない。常に何かしらモノが不足する生活が、まだ続いている。
ネット時代到来
「添付した書類を記入して、顔写真とパスポートのコピーの画像データと共に、こちらへメールで返信してください」
キューバに発つ前、メキシコシティにあるキューバ大使館から来たメールに、私は思わず、「おおっ」と叫んだ。これまでは大使館に写真とパスポートを持って出向き、申請書類を記入するよう指示されていたプレスビザ申請の手続きが、「メールでできる」と知ったからだ。社会主義国であるキューバでは、公的機関などの取材にはプレスビザを取得し、ハバナにある外務省国際プレスセンターで記者証を発行してもらわなければならない。だが従来、ビザの手続きは面倒なうえ、メキシコで申請する場合、記者証と合わせて一人1万6000円近くかかるため、友人を訪ねるだけだったこの4年間は、取得しなかった。
ハバナに着いて国際プレスセンターに記者証をもらいに行った際も、驚いた。4年前までは、ビザ申請時とほぼ同じ書類を再度書かされ、その場でプリント写真を貼り付けて作っていた記者証が、すでにできあがっていたからだ。今どき当然といえばそうなのだが、それまでがアナログすぎた分、妙に感動した。キューバ外務省も、21世紀のネット時代に突入したのだ。
国際プレスセンターの日本人記者担当職員とのやりとりも、楽になった。というのも、彼女が私も欧州やラテンアメリカの知人とのやりとりに使っているLINEのようなアプリ「WhatsApp」を利用しているからだ。これがあれば、WiFi(有料だが公衆のものがある)やモバイル通信の使えるスマートフォンを持っていれば、チャットでやりとりができる。キューバでも若年層では、スマートフォンでインターネット電話やWhatsAppでの会話を楽しむのが、常識となりつつある。
チャットアプリの利用は、キューバ人に世界との交流の場を提供している。海外の家族や友人と自由に会話ができるだけでなく、外国の情報収集や学習にも役立つ。研究資料を送ってもらったり、海外とのチャットで外国語を学ぶ者もいる。
家庭でのパソコン利用も普及してきた現在、娯楽のかたちも変わった。90年代は、国営放送チャンネルでテレビドラマをみるのが家族で過ごす夜のひとときの楽しみだったが、今やパソコンで海外のドラマや映画、ゲームを楽しむ人が増えている。かつて流行った海賊版DVDは、徐々にUSBメモリやハードディスクに置き換えられている。若者たちは最新の海外映画やドラマ、ゲーム、コミックなど、様々なデータが入った「パケーテ(バッケージ)」を販売する自営店に、自分のハードディスクやUSBメモリを持っていき、データ量によって料金が異なるパッケージを購入、ダウンロードしてもらう。それを何人かでシェアするのが、今どきの娯楽の手段だ。
ネットを使った対戦ゲームに興じる若者も多い。ただし、対戦相手は、地域でアンテナを立て、無線アクセスポイントを設置したり、ケーブルを張り巡らせたりして繋がったローカルなネットワークの仲間同士だ。世界中と繋がっているわけではない。インターネットは1時間約108円と、キューバ人には高いからだ。最新のゲームをしたり、仲間と情報のやりとりをしたいと考えた若者たちが、維持費を出し合い、手に入る機器と技術を駆使して、ローカルなネットワークをつくっている。ハバナにある最大のネットワークには、約3万人が参加しているという。(ただし、7月末に出た新たな通信法により、そのネットワークは、政府の管理下に置かれようとしている。)
ネットワークや「パケーテ」の中には、「ネットショップ」のようなものもある。といっても、カード決済で商品を購入するわけではなく、会員が売りたいものをアップし、買いたい人が直接、その人に連絡をとって受け渡しをするフリーマーケットのようなものだ。「携帯やPCの周辺機器なども、店より安く手に入る」と、利用者には好評を得ている。
若者だけでない。ディアス・カネル大統領も、インターネットを駆使している。@DiazCanelBというツイッターアカウント名で、毎日2〜3回はツイートする。フォロワーは20万1000人と、6672万9000人のトランプ大統領には到底敵わないが、社会主義諸国の国家元首の中ではほぼ唯一のツイッター活用者だ。
新しい経済の模索
ネットの普及により、個人が得られる情報に幅ができた。