それによって、経済に関する知識や関心も変化してきている。例えば、ビットコインにハマっている者もいるという。
「知り合いの中には、ビットコインの情報集めに夢中になりすぎて、いつも眠たそうな顔をしている人もいる」
そう苦笑するのは、先述の大学生ユーヒだ。キューバでは、仮想通貨を購入し、それでネットショッピングをしたり、資産を増やそうと試みたりする人も登場している。仮想通貨は、国家や世界の金融機関による規制や枠を超えて経済活動を行うことを可能にする。これまでとは全く異なる経済世界だ。キューバ政府自体が、そのメリットを研究しているとも聞く。
しかし、そもそも仮想通貨の利用は、これまでのところ投機的な性格が強く、社会主義の理想からは遠くかけ離れている。国家による管理が強い経済体制下に暮らすキューバ人の間で、自由な投資や利潤追求ばかりが広まることは、市場経済の導入が始まって以来、批判されてきた「貧富の差の拡大」に、拍車をかけることにもなりかねない。ネットでゲームを楽しむユーヒや、自営業でレストランを営むアリスティデスでさえ、一部の人間だけが金持ちになるのは良くないと考えている。資本主義経済の仕組みをただ取り込むことは、キューバにふさわしい経済再建の道とは言えないだろう。
かといって、今のまま、自営業を少しずつ増やし、90年代から力を入れてきた観光業で外貨を稼ぐだけでは、それ以外の職を必要としている国民や低収入の国営部門の労働者にとって、厳しい生活の解決策にならない。だからこそ、国を離れ、米国や欧州などの「先進国」に働きに行こうとする人が後を絶たないわけだ。もっと別の方法で経済を活性化し、皆が豊かに暮らせる自由で平等な社会を築く方法はないものだろうか。
その問いは、実は日本に暮らす私たち自身への問いでもある。無論、私たちの大半は、キューバ人のように様々な不足に苦しんでいるわけではない。だが、それでも国民の間で経済的格差が拡大し、貧困層が増えていることは、周知の事実だ。その現実を前に、私はここ7年ほど、協同組合やNGO、社会的企業などを中心に、持続可能で人間を軸に置いた「社会的連帯経済」という、もうひとつの経済をつくる試みを、スペインで取材し続けてきた。その取材中に、サラゴサ大学の経済学部教授から、ある興味深い話を聞いた。
「キューバでも、社会的連帯経済を推進しようという人たちがいる」
格差を問題視し、資本主義国でじわじわ広がりつつある取り組みが、社会主義国キューバでも行われようとしているというのだ。私は、その現場を取材してみたいと思った。