始まりは「生活クラブ生協」
遁所さんが〈とまと〉と出会ったのは、結婚して、引っ越しした場所で、生活クラブ生協(生活クラブ事業連合生活協同組合連合会)の共同購入グループ(班)のメンバーになったことがきっかけだった。
「ある時、班の先輩に、〈ワーカーズ・コレクティブ とまと〉で配達のアルバイトを探していると言われたんです」
ワーカーズ・コレクティブとは、生活クラブ生協に参加する主婦たちの手で、1980年代に創られ始めた労働者協同組合だ。ワーカーズ・コレクティブでは、人に雇われるのではなく、地域に根差した労働の場を、女性たちが自ら出資し、働き、経営する。生活クラブ生協の組合員は、もともと自分たちで、安心、安全で環境に配慮した食品・日用品の生産や開発、流通に関わっている。そんな女性たちの主体的な社会参加を、労働面でさらに前進させたのが、ワーカーズ・コレクティブだ。2020年12月に成立した労働者協同組合法が施行されれば、こうした働き方が法的にも制度化されるが、それまでは法的な枠組みがない。そのため、法人登録する際には、企業組合や、NPO法人、一般社団法人など、さまざまかたちをとっている。
「私は、もともと自宅でピアノを教える仕事をしていたのですが、生活クラブを通じてワーカーズ・コレクティブという働き方を知り、つながりが生まれる職場に魅力を感じました。だから、〈とまと〉に入ったんです」
〈とまと〉は、1993年にできたワーカーズ・コレクティブで、角田さんをはじめ、生活クラブ生協が大切にしている「安全・安心な食」に関心の高い主婦たち8人が、立ち上げた。2000年には企業組合の法人格を取得し、市の高齢者デイサービスへの配食など、大口の仕事も請け負うようになる。ところが、次第に働くメンバーの体力が仕事量に追いつかなくなり、体調を崩す者も。やむなく大口の注文は断ることにしたが、今度は赤字が問題になった。
「〈とまと〉が始まった1990年代には、お弁当を1個から配送する店なんてなかったので重宝がられ、売り上げもよかったんです。でも、やがてコンビニでもやるようになって価格競争が激しくなり、値段を抑えようとすると赤字になってしまいました。経営にしっかり携われるメンバーがいないなか、うまく対応しきれなかったんです」
立て直しを図るためにメンバーの世代交代を試みたが、うまくいかず、2019年、〈とまと〉は遂に存続の危機に陥る。
「立ち上げメンバーは、いわゆる『団塊の世代』。専業主婦が多く、それでも自分らしい何かがやりたいという強い思いを抱いている人たちが、すごいパワーで事業を創ってきました。その分、引き継げる世代を育てる必要を感じる間もなく来たのだと思います。そこで私と渡辺は力を合わせて何年間も、生活クラブのいろんな若い人に声をかけてきたんですが……」
遁所さんら中堅メンバーが若いメンバーの育成を考え始めた頃には、女性を取り巻く環境自体が大きく変わっていた。専業主婦は少なくなり、一生働きたいと考えている女性ならば、高収入でフルタイムの職場を求める。その一方、収入よりも家事と並行してできる仕事を求める女性たちは、気軽に働ける職場を欲していた。収入はまあまあだが、人に雇われるのではなく、自分たちで出資し経営するという「ワーカーズ・コレクティブ」の働き方で働く意欲のある人は、なかなか見つからなかったのだ。世代交代は、ワーカーズ・コレクティブ全体の課題のひとつともなっている。
「どうしたら〈とまと〉の活動をつなげられるのか。若手、中堅、ベテランがそれぞれの意見を出し合って、議論しました。その結果、やはり解散を前提にしながら、2020年の1年間は、お客さんにその経緯をきちんと説明する時間にしようということになったんです。それでも、20年近くこの仕事を続けてきた私自身は、どうにか続けられないものかという思いを、捨てきれませんでした」
遁所さんは、決算書を所管行政庁に提出する義務を負う企業組合のような、常に経営を問われる事業体は潰しても、誇りをもってやってきた仕事を仲間と楽しんで続けられる場としての〈とまと〉は、失いたくなかったのだ。
そこで思いついたのが、生活クラブ生協の活動を通してつながりがあり、同じ地域で活動するワーカーズ・コレクティブ「ぷろぼの工房」(一般社団法人)への統合だった。
ワーカーズ・コレクティブで支え合う
府中市に拠点を置く「ぷろぼの工房」は、市民団体などの計画づくりや課題に関するワークショップや講座などの企画、印刷物のデザイン・編集から、「親子ひろば」のような居場所づくり、地域のほかの団体と実施しているフードパントリー(企業や農家、個人から寄付される食料を生活困窮者らに無料で直接配布する活動)まで、多種多様な活動を地域に密着して行っている。組合員13人(〈とまと〉の統合で現在17人)のワーカーズ・コレクティブだ。
代表の藤木千草さん(64)は、「東京ワーカーズ・コレクティブ協同組合」理事長や「ワーカーズ・コレクティブ ネットワーク ジャパン」代表を務めたこともある。自分たちが企画したイベントでの料理の準備を委託するなど、以前から付き合いのある遁所さんたちから「統合」の相談を受けた藤木さんは、こう考えた。
「食の安全を守る生活クラブの運動から生まれたワーカーズ・コレクティブにとって、食に関わるワーカーズはとても大切なもの。それなのに、これまでいくつかが解散するのをみてきた。今度こそなんとかしたい。いっそ自分たちのワーカーズの事業の一つとしてやれば、存続できるのでは? 挑戦してみよう」
遁所さんたちの相談内容をぷろぼの工房に持ち帰った藤木さんは、メンバーと話し合った末に、〈とまと〉を統合することに決める。
「〈とまと〉は、企業組合としては解散し、2021年4月から、ぷろぼの工房の食部門の事業所として、活動を再開したんです」
遁所さんは目を輝かせて、そう話す。
「ベテランメンバーも、3人がアルバイトとして残りました。企業組合を潰してぷろぼの工房さんに入れたことで、肩の力を抜いて自分たちのできる形でやっていく覚悟ができました」