マヌエルとフアナの家
街へと続く道路を15分ほど下ったところでタクシーを降りた私たちは、そこからさっきバスが入っていったほうの道を数ブロック歩き、斜面に広がるスラムの坂道とバス道の角に立つ2階建ての建物にたどり着いた。
建物の1階は、角が香ばしい香り漂うローストチキンの店で、バス道に沿って左手に青果店、雑貨店、文房具店が軒を連ねる。文房具店は、キューバ革命の英雄チェ・ゲバラにちなんで「チェ文房具店」と名付けられた、マヌエルの店だ。
反対に、ローストチキンの店の角を右手へ数メートル下った先が、目指すマヌエルとフアナの家の入り口。下のドアを入って階段を上がった2階が、住宅になっている。私はカルロスを伴い、通り沿いの玄関に立つと、ドアの手前の壁にある呼び鈴を鳴らした。
すると、数秒後、
「こんにちは、リツコ、ユウジ。カルロスもよく来たわね。とにかく入って」
階段を下りてきてドアを開けてくれたフアナが、私たちを自宅へと誘い入れる。
この時、40代だったマヌエルとフアナには、5人の子どもがいる。上の3人はすでに自立して、長男と長女はすぐ近所に家を建てて住み、次女は看護師として働いている病院で出会った医者と結婚して、別の地域に住んでいた。だから、家には、兄姉とはかなり歳の離れた幼い次男と3女が、両親とともに暮らしていた。
私がマヌエルたちと出会った1980年代後半、この地域は主に火山岩でできた山の斜面に、貧困層の人々が板やトタンやブロック、ビニールシートなどで掘立て小屋を建てて暮らす、極貧スラムだった。マヌエルとフアナも、地面にブロックを積み上げて壁を作り、トタン屋根を載せただけの小屋に、家族5人で生活していた。その後、マヌエルがリーダーとなって設立した住民組織が、NGOなどから資金援助を得て、自分たちの手でコンクリート造りの住宅を建て始める。毎日曜に住民組織のメンバー全員が労働力を提供し、居住環境の厳しい家庭から順に家を建て替えていった。今の彼らの家は、そうして建てた住宅を後に売却し、バス道に近くて便利な場所に新しく建てたものだ。長年、地域住民のために尽くしてきたマヌエルへの感謝を込めて、仲間たちが土地を提供してくれて、実現した。
この家の広いリビングダイニングの窓からは、眼下にメキシコシティの中心街、カルロスがずっと路上生活を続けてきた地域が見渡せる。すっとそびえる高層ビルが、その位置を教えてくれる。街なかよりも寒いことと急斜面が多いことを除けば、ここは緑が多く空気が澄んでいて、旧市街よりも生活環境がいい。フアナに勧められるがままに、物干し場がある屋上に上がって、さらに見晴らしがよい位置から街を見下ろしたカルロスは、自分がいつもいる場所が、彼方で陽の光に照らされて浮かび上がる風景を、しばしじっと眺めていた。そして、こうつぶやく。
「きれいだね」
「でしょ? でも、そこにいる人が皆、ちゃんとした家に住めてるわけじゃない。フアナやマヌエルたちは、その状況を家族や仲間と力を合わせて変えたのよ」
私は思わず、そう付け加えた。

区役所の会議室で、住民組織の仲間に区長への陳情の内容を確認するマヌエル(左奥2番目)。その頭上には、彼が敬愛するメキシコ革命の英雄サパタの肖像画が。2018年 撮影:篠田有史
生乾きのジャケット
リビングに戻ると、フアナが昼食の準備を始めようとしていた。私たちの到着が遅く、子どもたちはすでに食事を済ませていたので、あとは彼女とマヌエルと私たち3人だけ。マヌエルは、まだ下の階にある文房具店の店番をしている。私は、フアナに負担をかけすぎないよう、メインのおかずを買ってくることを提案した。
「ローストチキンを買ってきて、ライスやトルティージャと一緒に食べるのは、どう?」
するとフアナが、カルロスに「ローストチキン、好き?」と尋ねる。
「はい、好きです」
カルロスの答えを聞いて、私たちは彼を引き連れ、角の店でグリルしているローストチキンを1羽、手に入れてくることにする。
買ってきたチキンをテーブルの真ん中に置いて、フアナが付け合わせを用意する間、私はカルロスに、着ていた赤いジャケットを洗濯しないかと、尋ねてみた。何日も着っぱなしのそれは排気ガスや泥などの汚れで黒ずんで、すえた臭いがする。路上では、洗剤で洗濯する機会はほとんどないし、それを気にする者もいない。
「空気が乾燥しているから、今洗って屋上に干しておけば、帰る頃には乾いているわよ」
そんな提案に納得したのか、カルロスはジャケットを脱ぐと、私に手渡した。フアナが洗濯機と洗剤の在処を教えてくれる。私はさっそくそれを洗濯機に入れた。
その間も、フアナがカルロスにいろいろと話しかけ、カルロスも意外と自然に会話を続けている。フアナは昔から、夫がリーダーをしている住民組織の仲間の子どもたちが、毎日のように家に出入りする中、食事を出したり、話し相手になったり、他人の世話を焼くことに慣れている。貧乏だったにもかかわらず、何人やってきても全員に食べ物が振る舞われ、誰もが大家族の一員であるかのように、くつろいで過ごしたものだ。

台所で、孫をあやしながら食事の準備をするフアナ。彼女は長年、近所の子どもたち皆の親代わりだった 撮影:篠田有史