食事の準備が整い、マヌエルが下の文房具店から戻ってきたところで、食事が始まった。マヌエルも風変わりな客への対応には慣れており、カルロスはおしゃべりをしながら、行儀良くローストチキンを頬張っている。ごく普通の家庭の穏やかな時が流れていく。
ところが、家に来て2時間ほどすぎた頃に、カルロスが、突然、「もう帰る」と言い始めた。
「まだジャケットが乾いていないし、もう少し待ったら?」
引き留め作戦に入る私を尻目に、カルロスは「仕事があるんだ」と言って、決意を変えようとしない。アクティーボがやりたくなったのか、はたまた他人の家に長居をすることに抵抗があるのか、どうしても帰ると言い張る。
私は仕方なく屋上に上がり、生乾きのジャケットを物干しロープから下ろすと、「濡れたまま着て、本当に寒くない?」と尋ねながら、渋々、カルロスに渡した。少年は、「大丈夫」と、それを羽織ると、
「ひとりで帰れるから、ふたりはゆっくりしてって」
と言い、フアナとマヌエルに礼儀正しく礼を述べると、私が手渡した小銭を握りしめてバス道へ出た。そこへちょうどバスが走ってくると、見送る私たちに手を振りながら、車内へと姿を消した。

マヌエルとフアナの家の屋上から、メキシコシティの中心を眺める。反対側の山の斜面にも、彼らが住む地域同様に、スラムが広がる 撮影:篠田有史
大(代)家族
その後も何度か、カルロスに、フアナたちの家へ行かないかと誘ったが、そのたびに「仕事があるから」と断られた。すでに18歳をすぎ、「大人」になったカルロスは、街の大通り沿いにある広場に作られた、50人ほどが出入りしている巨大なテントで生活するようになっていた。そこには赤ん坊連れのカップルから、ティーンエイジャー、40、50代の男女など、あらゆる世代の路上生活者が集っている。一番年上の男がその集団のリーダー的存在で、テント内で寝起きする者全員の家長のように振る舞い、薬物販売も仕切っているようだった。
カルロスは、テントの入り口を入った所にある小さな駄菓子屋のようなものの店番を、仲間と交代で担当していた。麻薬の売人もしているようで、いつ訪ねても数分間だけテントを出てきて立ち話をするだけで、以前のように一緒にどこかへ出かけることも、少なくなっていった。テント内の「大(代)家族」が、彼の居場所になってしまったのだ。
テントの前で話をする時でさえ、長居をすると、リーダーの男をはじめとする「しきり役」の視線が、暗黙の圧力をかけてきた。私は、カルロスの年齢が進むにつれて、自分たちのできることがますます減っていくことに、焦りを感じはじめていた。このままでは、あの「ロス・オルビダードス」をはじめとする古い路上の友人たちの多くがそうであるように、路上を抜け出せないまま、短い人生を終えることになりかねない。
そんな矢先、カルロスに会おうとテントを訪ねると、「あいつは今、北拘置所だ」と告げられた。驚く私たちに、テントの住人のひとりが、「通行人から新品のスニーカーをひったくったところを、現行犯逮捕されたらしい」と説明してくれる。予想外の話だったが、とにかく拘置所にいることは確かだと言われた私たちは、刑務担当の役所に面会の許可を取って「北拘置所」まで会いにいく、という計画を立てた。
北拘置所は、この街の北、東、南に計3つある正式名「男子予防拘置所」の中で、最も街の中心から近い。ただし、この時はもう取材でキューバへ移動する日が迫っており、許可を取る手続きをする十分な時間がなかったため、面会は1カ月以上先に持ち越しとなった。家族以外が面会するための手続きは、かなり面倒で、ジャーナリストは担当の役所へ申請して許可を得る必要があったからだ。