21世紀の「新しい人間」を創るという理想だ。彼の娘アレイダ・ゲバラは、あるインタビューで「新しい人間」像について問われた際、ゲバラはこんなことを書いていると、語っている。
「人間は他人を理解しなければならない。他人がどこに住もうと、どんな信仰をもとうと、文化が何であろうと、その人が苦しんでいるときに、苦しみを分かち合える人間でなければならない。連帯できなければならない」(中公新書『チェ・ゲバラ』伊高浩昭著より)
ゲバラが描いた「新しい人間」は、おそらく、他者に全力で寄り添う、無私の精神を持つ人だ。その精神を、自らの中に培おうと努力しているのが、誇りを胸に国内・外で医療活動に携わるキューバの医師たちだろう。
テレビを見終えたヘンニは、ベネズエラでのミッションの思い出を、語ってくれた。
「僕たちは、1年間、スラムの外れにある診療所で働いていました。毎日30人を超える患者が来ていました。それまでその地域には医師がおらず、遠くの病院まで行くお金のない人たちは、医者にかかったことすらなかったんです。いつでも無料で診察を受けられることを、とても喜んでいました」
診療所には、医師、看護師、理学療法士、作業療法士がおり、診察とリハビリに加えて、ベネズエラ人の医師と看護師の育成に取り組んでいたという。ヘンニは、研修医と地元住民の3人で地域をまわり、往診もしていた。
「ある日、往診に出たところ、数人の子どもを持つシングルマザーがこれからまた出産だと、聞きつけました。女性はいつも自宅で一人、子どもを産んでいたんです。僕たちは、彼女のところへ行き、出産を手伝いました。そして、無事に元気な男の子が生まれました。初めて医師立ち合いで出産をした彼女は、その安心感に感激して、赤ん坊に僕の名前をつけてくれたんです」
ヘンニの顔に、深い喜びが滲む。
「正直、ベネズエラに着く前は、マクドナルドに行ってみたい、自宅のパソコンでもインターネットが使えるようにしようなどと、向こうの自由な生活に憧れていたんです。でも、活動を終えて帰国した時、こう思いました。こちらの生活の方が自由かもしれない、と」
それは、ベネズエラの治安の悪いスラムで、お金がないと医療や教育を受けるのも困難な環境に生きなければならない人々の不自由を知った若者の、率直な感想だった。
「またミッション参加の要請があれば、どこであれ、ぜひ行きたい」
行けば何カ月、あるいは何年も国を離れることになる。やっと一緒に暮らし始めたラウラは、賛成しないのではないか。
「いえ、彼女はちゃんと理解していますよ。彼女も医師ですから」
本人に確かめると、「私もいずれはミッションに行くと思いますしね」と、笑った。
ヘンニのような若者が目指す、現代の「チェ」は、武器を手に戦う革命家ではなく、戦争や災害で傷ついたり、疫病や貧困に苦しんだりしている人々の心に寄り添い、傷や病いを癒すために闘う人だ。国家の意思や周囲の目に関係なく、世界の人々と苦しみを分かち合い、連帯できる人間であろうと努力することが、今の世界で「チェのようになる」ということではないだろうか。