知らない街に行くと、まず探すのが肉屋、というわけではないけど、歩きながら食べるコロッケやメンチカツは最高。食べ歩きをやっている時が、人生で一番充実している時間かもしれない、とさえ思う。お行儀はよくないけど。
この日は松阪にいた。三重の松阪牛で有名な松阪だ。前日近くの伊勢でライブがあり、その翌日、松阪競輪に行くために、松阪で一泊取ったのだった。
松阪に来たのは2度目。1度目は何の用だったか。津で仕事があり、少し寄ったのだ。雨が降っていた。たまたま入った肉屋のコロッケがべらぼうに美味かった。よく覚えている。人生で一番だ、とその時思った。成人映画館、松阪大映も偶然見つけて寄った。これも素晴らしいロケーションだった。
今回は打って変わって晴天。宿でオンボロのチャリを借りて、海でも目指してみようかと思い立った。距離は少しありそうだったけど、まあ何とかなるだろう。駅の周りをまず自転車でゆっくり流して、肉屋を発見。幸先が良い。前に来たところとちがうけど、間違い無いだろう。この看板。さっそくコロッケとメンチカツを購入。自転車のカゴに入れて、食べ歩きならぬ食べ漕ぎ。危ないけど。ゆっくりゆっくり漕げば大丈夫。
これはもちろん美味かった。サクサクの衣がかばんに落ちて油染みができたが、そういうものだろう。仕方ない。もう抑えきれないのだ。食べ漕ぎを。しばらく漕いでいると眼鏡屋を発見した。古い眼鏡屋。これも好物のひとつだ。古い眼鏡屋さんに置いてある古い眼鏡。誰も買わなかった、けど「良いもの」が10年、いや、20年、下手したら30年、店の中で眠っていて、あるいはショーケースにそのまま置いてあるパターン。その中から自分好みのものを見つけてレンズを入れてもらうのだ。旅先だろうと関係ない。あとで送ってもらえばいい。1時間くらいで作ってくれるところもある。
この日も作るつもりはなかったが、カランカランと店に入ると、やはり恍惚とするのであった。いろんな眼鏡がある。古い眼鏡もある。少し散らかっていたが、話を聞くと、最近は店に出るのも億劫になってると、店主のおじいさんが話してくれた。コロナ禍でお客さんもぜんぜん来なくなって、開けててもしょうがないから、どんどん店に立つ機会が減っていって、とそんなことを話してくれた。はじめは少しこちらを警戒していたが、本当に眼鏡が好きなやつだということが伝わると、ゆっくりと心を開いてくれた。そして作るつもりはなかったが、「その土地で眼鏡を作るというのはその街との交流、最高の土産」と自分に言い聞かせ、買うことに決めた。そうやって買った眼鏡が何個か、ある。
めちゃくちゃいい店ですね、カッコいいです、いいフレームいっぱいありますね。心からそう伝えると、店主は喜んでくれた。「なんか勇気が湧いてきました」と、そんな言葉を返してくれた。こちらまで嬉しくなってきて、自分の生きる道はこれなんじゃないかと、うっすら思ったりした。
1時間ほどでメガネは仕上がり、さっそくそれをかけて海を目指すことにした。
自転車はボロだった。進みが遅い、重い。だけどありがたい。チャリがあれば海へ行けるのだ。電車やバスが通っていなくても。この日は9月半ばだったが暑かった。強い日差しが照りつけた。20分、いや30分ほど走ったか、汗だくだった。途中コンビニでデカい水を買い、また走る。そしてようやく海らしき標識が現れた。海に着いた。