月光
ようやく港につながるであろう細長い道に出た。立ち話していたエプロン姿のおばさんふたりに、港はこの道まっすぐですかね、と尋ねた。そうだけどけっこう遠いよ、と言われた。疲れていた。2時半くらいから走り始めて、もう夕方になろうとしていた。
商店街などないところに、ぽつんと和菓子屋があった。まずは甘いものをと思い入った。「ふくさ」というお菓子を買った。港って遠いんですかね、と主人に尋ねると、けっこうあるよけど裏はもう入江になってるよ、と教えてもらったので、自転車で裏に回ると、工場が建ち並び、入江に水がたぷたぷしていた。ああここでいいや、と水を眺めた。自転車を停めて、ふくさを食べた。あまりの美味しさに、店に戻って礼を言おうと思った。
しばらく入江で川を眺めた。海と言っていいのか。水鳥がぷかぷか浮いていた。誰も邪魔するものはいなかった。不法投棄されたであろう自転車や鉄屑に、雑草や花が絡んで、ひとつの作品のようになっていた。近くの堤防の上にはひと昔前の電話機が置いてあり、受話器が外れていた。とても印象的だった。そのまま受話器を耳にしたら、誰かと話せそうな気がした。
もしもし
店に戻り店主にふくさの感想を伝えた。めちゃくちゃ美味しかったです、と言ったのだったか。店主も喜んでくれた。ここで先代から継いでずっと和菓子をやってきたが、息子は継がないだろうから自分の代で終わりと言っていた。港へつながる道に、和菓子屋がある、というのはとても趣があるが、それは旅の人間の勝手な想い。道中食べようと思い、いくつか菓子を買ったら、おまけ、と言ってひとつくれた。いやいや払いますよ、と言ったが、また来てくれたらそれでいいから、と店主。旅の人間です、とは言えず、ありがとうございます、と礼を言い店を後にした。「調布」というお菓子だった。東京の調布と関係があるのだろうか。夕日が街を照らし始めた。
昔は船が入江の奥まで来て、人を乗せていたらしい(店主談)