2023年1月14・15日、大学入学共通テストが行われました。本格的な受験シーズンの始まりです。そして毎年この時期に話題となるのが、入試にかかる受験料や、その後に続く学費の高さです。3~4月には払い込まなければならない入学金、授業料などのことで、今から悩んでいる人も少なくないと思います。
前回の本連載「生活保護世帯の大学進学はなぜ反対される?」でもご紹介した「大学等における修学の支援に関する法律」(大学等修学支援法)は、低所得者世帯が授業料減免や給付型奨学金を受けられる制度ですが、支援対象がかなり限定されているという問題点があります。21年度の利用者数は約31万9000人で、大学・短大・専門学校の全学生340万人の約9%にとどまっています。
9割以上の学生が支援を受けられないのですから、支援範囲の拡大が強く望まれるのは明らかです。そんな中で、岸田文雄政権が「学費の出世払い」というプランを提起し、話題となっています。「出世払い」なので入学時や在学中は学費を徴収されず、卒業して収入を得られるようになってから本人が支払うというものです。
21年12月に岸田首相を議長として発足した「教育未来創造会議」において、「大学卒業後の所得に応じた出世払い制度」の導入が議論されています。22年5月の第一次提言「我が国の未来をけん引する大学等と社会の在り方について」には、〈在学中は授業料を徴収せず卒業(修了)後の所得に連動して返還・納付を可能とする新たな制度を、高等教育の修学支援新制度の対象とはなっていない大学院段階において導入する〉とあります。
ここでは対象を「大学院段階」にとどめていますが、これを学部段階にも広げる議論も進んでおり、同年9月の「大学院段階の学生支援のための新たな制度に関する検討会議」では、出席した委員から「制度を学部にまで拡大すべき」という意見が出ました。
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この議論がいつから始まったのかというと、5年前の自民党「教育再生実行本部」の提言に遡ります。18年5月、同本部は大学等修学支援法の対象外である中間所得層の負担軽減を図る観点から、大学などの高等教育費を国が立て替え、卒業後に支払い能力に応じて所得の一定割合を納付する「卒業後拠出金方式(J-HECS)」の導入を求める提言をまとめました。その内容は以下の通りです。
卒業後拠出金方式(J-HECS)の基本設計について
●中間所得層の高等教育費の負担軽減を図る観点から、在学中の授業料・入学金を国が立て替え、卒業後に支払い能力に応じて所得の一定割合を納付する「卒業後拠出金方式(J-HECS)」を導入する。
●本制度により、高等教育費をこれまでの親負担から本人と社会の共同負担に転換し、家庭の経済力によらず18歳(新たな成人年齢)で自立する社会を実現するとともに、アクセスの機会均等、少子化解消を一層推進する。
(出典 : 自由民主党 教育再生実行本部 第十次提言)
この提言が発表された時の自民党「政務調査会」会長(政調会長)が、現首相の岸田氏です。政務調査会とは、党の政策の調査研究および立案を行う内部組織で、政調会長はそのトップです。出世払い制度は、岸田首相が政調会長時代に取りまとめた政策だと言えます。
高等教育の学費政策では、安倍晋三政権が高等教育無償化を掲げましたが、今回の出世払い制度とは大きな違いがあります。安倍政権の高等教育無償化は、先述の通り対象者が限られていて無償になる人がほとんどいないという問題はあるものの、高等教育の学費について「親・保護者負担から社会負担へ」という方向性を持っていました。それに対し、岸田政権の出世払い制度は、学費の「親・保護者負担から社会・当人負担へ」が本則となっています。
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この出世払い制度は、多くの人々から歓迎される可能性があります。
まずは、大学や専門学校などへの進学を希望する子を持つ親・保護者です。1990年代後半以降、日本の中間層の所得減少は深刻です。厚生労働省の調査では、給与所得者の平均年収は94年の465.3万円から、2018年には433.3万円まで減少しています(「令和2年版厚生労働白書」)。世帯所得の中央値も1995年の550万円から、2018年には437万円まで減少しました(「国民生活基礎調査」)。
高等教育の学費高騰に加え、所得が減少したことで親や保護者にとって子の学費を負担し続けることは極めて困難になっています。そのため、入学金や授業料を国が立て替える出世払い制度を、歓迎する人は少なくないと思われます。
次に、大学や専門学校などへ進学を希望している高校生たちです。高すぎる学費を知り、親や保護者に頼るのは難しいと悩んでいる生徒は大勢います。進学までの間にアルバイトをしても、入学金や授業料をまかなうことは容易ではありません。学費がハードルになって、進学をあきらめる生徒も存在します。そうした状況から、この制度を歓迎する若者も一定数以上いるでしょう。進学段階では費用の心配をせず、自分の希望通りに進路を選ぶことが可能となるからです。
そしてもう一つ、出世払い制度を歓迎する可能性が高いのが高等教育機関です。国際比較で見ても、GDPあたりの高等教育予算が先進国中で最低水準の日本では、各学校は経営維持のため高い学費を徴収せざるを得ません。経済状況が厳しい親・保護者に学費を請求することに、難しさを感じているところも少なからず存在しています。入学金や授業料を国が立て替える制度が導入されれば、高等教育機関にとってもそうした気苦労はなくなり、学費の引き上げも容易となるのです。
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これだけ多くの人々から歓迎される可能性が高い出世払い制度ですが、果たしてこれが高等教育の学費問題を解決する方法として望ましいと言えるでしょうか? 私には大きな疑問があります。
大事なことは、出世払い制度は進学時に必要な入学金や授業料を国が一時的に「立て替える」だけで、学生だった本人が卒業後に支払わなければならない、という本則をおさえておくことです。決して無償になる制度ではないのです。
しかし中には「出世払い」と聞いて、「出世したら払うけれど、出世しなければ払わなくてもいいんじゃないの?」と思う人もいるかも知れません。では一体、どれくらい出世したら支払うことになるのでしょうか?
出世払い制度を検討している「大学院段階の学生支援のための新たな制度に関する検討会議」の第2回会議(22年10月)では、返済が始まる年収の目安について146万円という数字が出されました。さらに第3回会議(同年11月)では、返済が始まる年収を300万円とするという案が出されました。