2025年5月8日17時、衆議院第二議員会館多目的会議室で、東京大学学生の金澤伶さんが、「【緊急】2026年度学費負担軽減! 高等教育予算拡充を求める5.8院内集会」の開会を宣言しました。その直後、私が「5.8院内集会の意義」についての発言を開始。すると多数のメディア関係者が私の前に集まり、カメラのシャッター音が会場に鳴り響きました。学生と大学教員による共同の集会がスタートした瞬間でした。
24年5月、東京大学、広島大学などで学費値上げの動きが発覚し、学生による反対運動が広がりました。広島大学では見送られましたが、東京大学は25年度からの学費値上げを決定しました。この決定後も学生による値上げ反対運動は収まることなく、国立、公立、私立の違い、都市部と地方の垣根を越えて広がっていきました。
私は「すべての人が学べる社会へ 高等教育費負担軽減プロジェクト」の呼びかけ人として、同月28日からオンライン署名「高等教育費や奨学金返済の負担軽減のため、公的負担の大幅拡充を求めます!」に取り組んでいました。オンライン署名を開始したのとちょうど同じ時期に東京大学や広島大学の学費値上げ反対運動が始まったことに、ある種のめぐり合わせを感じました。この時期以降、高等教育費負担軽減の動きを広げるために、その当事者である学生たちとどうやったらつながることができるか? ということが私にとって重要な課題となりました。
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考えてみれば、奨学金問題やブラックバイト問題についての私の取り組みは、当事者である学生たちとの出会いから始まりました。奨学金返済に不安を感じている学生や、返済に苦しんでいる卒業生、アルバイトで不当な扱いを受けていたり学業との両立に悩んでいたりする学生たちとの出会いがなければ、私がその問題に取り組むということはなかったでしょう。こうした経緯からも、高等教育費負担軽減に取り組む最中に、学生による学費値上げ反対運動と出会ったことは、私に強い印象を与えました。
すでに本連載第63回「『学費値上げ反対』の声が国会周辺に響き渡った日」で論じたように、学生たちと私たちの活動は25年2月13日、偶然にも同じ日に院内集会を開催するという形で邂逅しました。そしてこの日は、学生と私たち中高年世代の活動が有機的に結びつき始めるきっかけとして、大きな意味をもつことになったのです。
同日の院内集会以後、両者は次の目標へ向けて活動を続けました。学生たちの活動団体である「学費値上げ反対緊急アクション」は、院内集会で国会議員や省庁担当者に提出した要請書内容の実現を目指して、国会議員へのロビイングを行うなど、さまざまな働きかけを実施しました。しかし、25年3月末の時点で要請書内容が25年度予算には反映されないこととなり、翌26年度予算での実現に向けて活動の目標を移すこととなりました。
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冒頭でご紹介した「すべての人が学べる社会へ 高等教育費負担軽減プロジェクト」は25年2月18日、「私とあなたができること 高等教育費の負担軽減を求めよう」という取り組みで最終的に3486の賛同団体、3万3163筆の個人署名を取りまとめ文部科学省へ提出、要請を行いました。そして個人署名については、当初は1月31日だった締め切りを当面の間延長することを決定しました。25年7月には参議院選挙が行われます。そこで高等教育費負担軽減を選挙の重要な争点にすることに向け、活動を進めることにしたのです。
26年度予算での要請書内容の実現を求める学生たちの活動と、25年7月の参議院選挙での争点化を求める私たちの活動は、時期的にも内容的にも接点をもちやすい状況となりました。学生たちは26年度予算に大きな影響を与える「骨太の方針」が6月に出されることを意識し、5月8日に院内集会を開催することを計画しました。その過程で、幹事学生から「今度の院内集会は学生と大学教員とが連帯する形で行いたい」と私に連絡がありました。
連絡を受けて私は、「学費値上げ反対緊急アクション」の学生の皆さんと話し合いを行いました。話し合いの中で、24年以降の学費値上げ反対運動の経過と意義をより深く理解することができました。特に、活動に参加している大学院生の中に、「高等教育無償化プロジェクトFREE」や「一律学費半額を求めるアクション」がコロナ禍の中で学費一律減免を求めた「20年の運動」の経験者がいることを知りました。
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新型コロナウィルス感染症の蔓延によるアルバイトの減少は、短期間のうちに多くの学生を困窮に追い込みました。彼らは窮乏生活にあえぐ中、20年4月初旬から大学に対し学費の減額や説明を求める署名活動を大学単位で始め、4月後半にはそれぞれの動きが合流し、政府に対して「一律学費半額」を求める運動へと発展しました。さらに学生の活動は国会にも影響を与え、立憲民主党、国民民主党、日本共産党、社会民主党の野党4党は同年5月11日、「コロナ困窮学生支援法案」を衆議院に提出。授業料の半額免除(実施した大学には免除分を国が負担)、アルバイト減収分を最大20万円の一時金で緊急支援、貸与型奨学金の返還免除(20年度分)という内容でした。特に「授業料の半額免除」は、すべての学生を対象とする「普遍主義」に基づく支援という点で画期的な提案でした。
結局、野党4党による「コロナ困窮学生支援法案」は成立しませんでした。しかし学生たちの活動から始まった法案提出までの動きは印象的で、とりわけ「授業料の半額免除」という、すべての学生に当てはまる要求が出され、法案化されたことに私は衝撃を受けました。
なぜなら、それまで私は今の日本社会で普遍主義に基づく「学費引き下げ」を実現するのは容易ではない、と考えていたからです。学費は国立、公立、私立など設置母体によっても異なりますし、私立大学では文系、理系など学部によっても大きく異なります。また4年制大学、短期大学、専門学校による違いもあります。高等教育機関ごとに学費は異なっており、政府からの支援の仕組みやその額も異なります。
対して日本学生支援機構の奨学金は、学費のような高等教育機関ごとの差異は少なく、制度の共通性が強いという特徴をもっています。それは、制度をめぐる利害や運動の分断が生まれにくいことを意味します。10年代から奨学金制度の改善を求める活動を続けてきた中で、私はこのことを痛感してきました。